第十一回:予防的卵管切除についてのアップデート
大阪医科薬科大学産婦人科 丸岡 寛
高異型度漿液性癌(High grade serous carcinoma, HGSC)の多くは遠位卵管上皮を起源とする。遠位卵管では、p53免疫染色の異常パターンを示すが低増殖のp53 signatureや、核異型とKi-67高値を伴う漿液性卵管上皮内癌(serous tubal intraepithelial carcinoma, STIC)を前駆としてHGSCを発症し腹腔内へ進展するモデルが病理学・分子疫学で支持されている。これに基づき、良性子宮の摘出や恒久的な避妊の機会に卵管のみを付加切除する「予防的卵管切除(opportunistic salpingectomy, OS)」が一次予防として位置付けられている。
問 FIGOのポジションステートメントはどのような内容ですか
答 FIGOは2024年のポジションステートメントで、予防的卵管切除を平均リスク女性の卵巣癌一次予防として支持した。良性子宮摘出や避妊手術に併施するだけでなく、適切な説明と同意を前提に非婦人科手術時の併施も有望と位置付けた。予防的卵管切除は手術時間の上乗せが小さく、周術期合併症の増加や卵巣機能への明確な悪影響は示されず、費用対効果も良好とした。
問 どこをどのように切除するのですか
答 両側卵管を卵管采端から子宮卵管移行部まで全長切除する。間質部(子宮壁内)切除は通常不要だが、子宮角で確実に卵管断端を処理する。卵管間膜は血管枝を順に処理し、卵巣門部血流を温存する。卵巣と卵管采部の癒着は鋭的に剥離し、熱損傷を最小化する。標本提出は遠位部切断後に縦切開を加え扁平化し、sectioning and extensively examining the fimbriated end(SEE-FIM)で卵管采を縦走・残部を連続横断で全提出する。これにより微小STICやp53 signatureの検出が向上し、予防的卵管切除の病理学的妥当性評価に役立つ。
問 どのようなデバイスを選択するのですか
答 開腹の場合、糸結紮、バイポーラ、超音波凝固切開装置のいずれについても、周術期合併症は子宮摘出単独や結紮と差を示さないという傾向が複数の論文で一貫されている。短期の卵巣予備能は、血流温存と熱拡散抑制を前提にすれば非劣性とのメタアナリシス、レビューが多い。2017年のメタアナリシスではAnti-Mullerian Hormone(AMH)の術前後差は加重平均差(WMD)−0.10ng/mL(95%CI −0.19–0.00)で有意差を示さず、対照群との比較でもWMD −0.11ng/mL(95%CI −0.37–0.14)と有意な差を認めなかった。近年の総説もAMH・FSH・Antral Follicle Count (AFC)の短期変化に有意差を認めないと結論しつつ、バイポーラによる過度の熱損傷や卵管間膜の広範処理は避けるべきとしている。スウェーデンで行われた腹腔鏡による予防的卵管切除の安全性に関するRCTであるSALSTERは「卵管結紮と予防的卵管切除の合併症率の非劣性」を主要評価項目に設定し、術式安全性の前向き検証を行い不妊手術において「卵管切除」は「卵管閉鎖(結紮・焼灼)」に対し、術後8週までの合併症率で非劣性を示した。
問 卵巣癌の発症リスクはどの程度減少しますか
答 発症リスクの低減は、複数の集団データで一貫して示されている。カナダ・ブリティッシュコロンビア州の人口ベース後ろ向きコホート(予防的卵管切除 25,889例、対照32,080例、予防的卵管切除群の追跡中央値3.2年)では、予防的卵管切除群の漿液性卵巣癌は観察数は0で、年齢調整による期待発症数5.27例(95%CI 1.78–19.29)を明確に下回った。上皮性卵巣癌全体でも観察数は5例以下にとどまり、期待発症数8.68例(95%CI 3.36–26.58)より低い。選択バイアスの検証として同じ集団で乳癌・大腸癌の発生は期待値と同等であり、予防的卵管切除による特異的低減を裏づける。国レベルの症例対照・コホート研究でも結果は整合的で、両側卵管切除のリスク低減効果はオッズ比(OR)0.46(95%CI 0.31–0.67)あるいは0.58(95%CI 0.36–0.95)、一側切除でOR 0.73(95%CI 0.60–0.87)と報告される。これらは卵管結紮の低減効果(OR 0.91[95%CI 0.83–0.99])より大きい。
問 卵管結紮と卵管切除では卵巣癌発症リスクが異なりますか
答 卵管結紮は卵巣癌発症を約13~41%低減すると報告されるものの、遠位卵管上皮が起源であるHGSCへの一次予防として「卵管全長切除(両側)」の疫学効果が大きい。スウェーデンの全国登録研究では、既往婦人科手術なしの基準群に比べ、両側卵管切除のハザード比は0.35(95%CI 0.17–0.73)である。同研究は卵管結紮や子宮摘出でも有意に卵巣癌発症リスクが低減するが、効果量は卵管切除より小さいとしている。デンマークや北米の症例対照研究でも、両側卵管切除は上皮性卵巣癌のリスクを約42~78%低減し、卵管結紮の低減幅(多くは10~40%)を上回るとしている。
問 卵巣癌サブタイプ別に発症リスクはどの程度変化しますか
答 高異型度漿液性癌では予防的卵管切除の効果が最も大きい。例えばブリティッシュコロンビアの集団コホートでは、漿液性癌の期待発症数5.27例に対し観察例は0であった。対照的に、卵管結紮を対象とした大規模解析では、類内膜癌と明細胞癌で一貫して明確な低減が示される一方、粘液性癌では低減幅が小さいか、推定が不確実という結果が繰り返し得られている。機序面では、予防的卵管切除は遠位卵管を全長切除するため、漿液性癌の前癌病変を物理的に除去し得る。この点で結紮より理論的一貫性が高い。ただし、予防的卵管切除によるサブタイプ別の効果を明らかにするには、より長期の追跡データを蓄積するとともに観察研究特有のバイアスや組織型を分類することによる影響を適切に調整した追加検証が求められる。
問 卵巣癌による死亡リスクはどの程度変化しますか
答 死亡リスクに関しては、無作為化比較試験はまだないが、発症抑制を通じた集団レベルでの死亡数減少は複数のモデル解析で定量化されている。離散事象モデルやマルコフモデルの試算では、卵管結紮を予防的卵管切除に代替することや良性子宮摘出時に予防的卵管切除を実施することで、卵巣癌死亡は合計で約14.5%減少する(内訳は結紮時8.13%減、子宮摘出時6.34%減)。全米で広く導入した場合、年間で約1,854人の死亡回避につながるという推計もある。経済評価でも、子宮摘出に予防的卵管切除を付加した場合は費用節減となるか、少なくとも費用対効果が良好であるとされている。一方で、実測による死亡リスク減少についてはさらなる長期追跡による検証が必要である。
問 BRCA1/2病的バリアント保因者に対する予防的治療は?
答 BRCA1/2病的バリアント保因者では、標準的な一次予防は35~45歳(BRCA1はより早め)の時期に行うリスク低減卵管卵巣摘出(risk reducing salpingo-oophorectomy, RRSO)である。卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン 2025年版のCQ10「BRCA1あるいはBRCA2病的バリアント保持者に対してRRSOは勧められるか?」において、「婦人科腫瘍学、臨床遺伝学に関する十分な知識を有する医師と病理医の協力のもと遺伝カウンセリング体制が整っている施設においてRRSOを実施することを推奨する」と記載されている。
問 遺伝的ハイリスク群に対して卵管切除後に卵巣摘出することは許容されますか?
答 RRSOは外科的閉経をもたらすため、更年期症状の増悪や心血管・代謝・骨代謝への長期影響は回避できない。したがって、発症年齢分布と背景リスク、HRTの可否を踏まえ、施行年齢を個別最適化する判断が必要となる。代替案として「先行卵管切除+遅延卵巣摘出(Risk-Reducing Salpingectomy with Delayed Oophorectomy, RRS+DO)」が検討されている。これは閉経の急激な出現を回避しQOLを保つ狙いがある。前向き非無作為化のTUBA研究は、RRS+DOがRRSOに比べ術後1年の更年期関連QOLを有意に改善することを示し、RRSO+HRT群を含めても優越が維持された。WISP試験でも同様の傾向が報告され、性機能や熱感症状など患者報告アウトカムがRRS+DOで良好だった。ただし、これら初期報告の主要評価項目はQOLであり、卵巣癌発症・死亡については追跡中で確証はない。現在、TUBA-WISP IIはRRSO対RRS+DOの長期安全性と発症抑制を比較する多施設試験として進行中である。現時点ではRRS+DOの発症・死亡におけるRRSOに対する非劣性は未証明である。
問 卵巣機能は低下しますか
答 卵管間膜を処理する際の熱拡散や細小血管損傷による卵巣門部の血流減少が懸念される。システマティックレビューとメタアナリシスの多くで「短期の卵巣予備能に有意差なし」と結論している。AMH・FSH・AFCはいずれも術前後で大きな変化を示さず、2014~2024年のレビューでも「短期的不利益は認めにくい」とされ、術後AMHの加齢補正変化量も小さい。一部の論文では、バイポーラを主体に卵管間膜を広範に焼灼した場合にAMH低下を示すが、一貫していない。子宮摘出時に予防的卵管切除を行った集団の研究でも、閉経時期が前倒しになるという明確なシグナルは示されていない。妊孕性やARTアウトカムへの長期影響はエビデンスが薄く、デバイス出力と間膜処理範囲の最小化、卵巣門部血流の温存、SEE-FIM提出で過不足のない切除を行う。
問 卵管切除により何らかのリスクは増加しますか
答 最も一貫するのは手術時間の軽度延長で、腹式・腹腔鏡・帝王切開付加いずれでも平均10分前後の上乗せが報告される。一方、出血量、輸血、感染、再入院、他臓器損傷は子宮摘出単独や卵管結紮と比較し有意な増加を示さないとされている。帝王切開と同時に行う場合も同様で、無作為化比較や前向き研究では、適応外(強固な癒着など)を除けば、産科出血や術後合併症の有意な悪化は認めないとされる。