第十三回:新生児のミルクアレルギーとアレルギーマーチ
新生児のミルクアレルギーとアレルギーマーチ
昭和医科大学医学部小児科学講座 今井 孝成
問 最近、アレルギー発症予防が注目されているのはどうしてですか?
答 近年、本邦における小児のアレルギー疾患は増加の一途を辿っている。かつては「成長すれば自然に治る」とされていたアレルギー疾患も、現在ではアトピー性皮膚炎から食物アレルギー、そして気管支喘息へとドミノ倒しのように進行する「アレルギーマーチ」の起点として捉え直されている。このアレルギーマーチの阻止において、実は最も重要な鍵を握っているのが、新生児から乳児期の管理であることが近年明らかになってきた。
アレルギー疾患の発症予防の常識は、ここ10年で劇的なパラダイムシフトを起こしてきており、「原因食物の除去」が主流だった時代は終わり、現在は「皮膚バリアの保護」と「適切な時期の積極的な経口摂取」による免疫寛容の誘導がスタンダードとなっている。
本稿では、産科現場で遭遇しうる新生児のミルクアレルギーの病態を整理するとともに、最新のエビデンスに基づいた、アレルギーマーチを阻止するための予防戦略について概説する。なお本稿では、ミルクは牛乳および乳製品、牛乳由来の調製粉乳を指すものと定義する。
問 新生児・乳児のミルクアレルギーに関して教えて下さい
答 新生児期に遭遇するミルクアレルギーは、大きく分けて「即時型(IgE依存性)」と「新生児・乳児食物タンパク誘発胃腸症(非IgE依存性)」の2つが存在する。両者は機序も対応も異なるため、明確な鑑別が必要である。
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1.即時型ミルクアレルギー
即時型は、牛乳タンパク質(カゼインや乳清(β-ラクトグロブリンなど))に対する特異的IgE抗体が関与する反応である。通常、IgE抗体の産生(感作)には一定期間の抗原曝露を要するため、出生直後の新生児期に初発することは稀である。しかし、胎内感作や、あるいは出生後のわずかな期間に経皮感作が成立し、生後数週間で発症するケースも散見される。
症状は個人差が大きいが、典型的には哺乳直後から数時間以内に出現する蕁麻疹、紅斑などの皮膚症状に加え、嘔吐や喘鳴などを認める。重篤な場合はアナフィラキシーショックに至り、血圧低下やSpO2低下を来すため、新生児蘇生に準じた迅速な対応(アドレナリン筋肉注射等)が求められる。 -
2.新生児・乳児食物蛋白誘発胃腸症(新生児・乳児消化管アレルギー)
√NICUや産科病棟で特に留意すべき病態が、かつて「新生児・乳児消化管アレルギー」と呼ばれていた一群である。これはIgE抗体が関与しない細胞性免疫によるアレルギー反応であり、即時型のような皮膚症状を伴わず、消化管症状のみを呈するのが特徴である。
主症状は、血便、嘔吐、活気不良、腹部膨満などである。「機嫌は良く哺乳力もあるが、粘液混じりの血便が続く」といった軽症例から、反復する胆汁性嘔吐やショック症状を呈し、壊死性腸炎(NEC)や腸回転異常症、ヒルシュスプルング病などの外科的疾患との鑑別を要する重症例まで、そのスペクトラムは広い。
発症時期は生後数日から数カ月と早く、人工乳開始から数時間~数日後に症状が出現することも少なくない。診断において特異的IgE抗体検査は発症に関与しないために、役に立たず、疑わしいミルクの中止による症状改善と、負荷試験(再投与)によって臨床的に診断される。
治療は原因抗原の除去であり、加水分解乳やアミノ酸乳への変更が必要となる。多くの症例は1~2歳までに耐性を獲得するが、産科入院中に発症しうる疾患として、血便や嘔吐を見た際には本疾患を鑑別に挙げる必要がある。
問 ミルクアレルギーの予防戦略を教えて下さい
答 ミルクアレルギーの予防戦略は、即時型において研究が進歩しているため、ここからは将来のアレルギーマーチの起点となる「即時型(IgE依存性)アレルギー」の予防戦略について論じる。
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1.二重抗原曝露仮説(Dual Allergen Exposure Hy-pothesis)
アレルギー発症機序に関する現在の定説が「二重抗原曝露仮説」である。これは、抗原が生体に入る経路によって、免疫反応が真逆になるという理論である。
抗原の侵入経路として皮膚、特に湿疹などでバリア機能が破綻した皮膚から抗原が侵入すると、免疫細胞はそれを「異物」と認識し、Th2型(アレルギー型)の免疫応答を誘導してIgE抗体を作り出す。これが「経皮感作」である。一方で、抗原の侵入経路として口から腸管を通じて入ると、制御性T細胞等が誘導され、その物質を栄養素として受け入れる「経口免疫寛容」が成立する。
つまり、アレルギーの発症は、経口摂取による「寛容」が成立する前に、荒れた皮膚からの「感作」が先行してしまうことで起こる。したがって、予防の要諦は「皮膚バリアを守り、経皮感作を防ぐこと」と「腸管から早期かつ適切に抗原を入れること」の2点に集約される。 -
2.皮膚バリアを守り、経皮感作を防ぐために
新生児の皮膚は成人の半分の薄さしかなく、容易に乾燥しバリア機能が低下する。アレルギーリスクのある児を対象とした新生児期からの保湿剤塗布はアトピー性皮膚炎の発症リスクを低下させることが示されている。このため、産科入院中から、愛護的な沐浴(洗いすぎない、こすらない)と、出生直後からの積極的な保湿ケアを指導し、「ツルツルの肌」を維持して退院させることが、経皮感作を防ぐための第一歩である。
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3.腸管から早期かつ適切に抗原を入れることに関する、パラドックス
経口免疫寛容を誘導するためのミルク摂取については、その方法に注意が必要である。「早ければ良い」という単純な話ではないことを示す2つの重要なエビデンスを紹介する。
1つ目は、本邦で行われたSPADE試験(2020)である。これは生後1カ月から少量(10mL)のミルクを「毎日継続して」摂取させた群において、牛乳アレルギーの発症が有意に抑制されたことを示した。これは、早期からの継続的な抗原曝露が免疫寛容を誘導することを示唆している。
2つ目は、JAMA Pediatrics(2019)に掲載された「出生直後3日間に母乳にミルク(5mL)を追加した群と、母乳にアミノ酸乳を追加した群で、1歳児のミルクアレルギー発症状況を評価した報告」において、生後早期にミルクを追加した群が有意にミルクアレルギーを発症した(リスク比1.43)。
一見矛盾するこの2つの結果は、「摂取のタイミング」と「摂取の継続性」の観点から説明がつく。出生直後のミルク補足により、腸管免疫系は抗原を認識(プライミング)する可能性がある。しかし、退院後に完全母乳となり摂取が「中断」されると、寛容が維持されないまま空白期間が生じる。この期間に経皮的に微量の抗原が侵入することで、感作が一気に進行してしまう可能性を示唆する。
問 産科における実践的予防的指導はどうすればよいですか?
答 先に申し上げておくと、現時点では確実にミルクアレルギーの発症を予防するプロトコルは存在しないし、当然であるが多くのミルクアレルギーをそもそも発症しない運命の児は、なんら対策を講じる必要はない。しかし、今の時点でどのような保護者や児がリスク因子を抱えているのかは明確にはなっていない。
その上で、前記したエビデンスは、産科における「とりあえずミルクを足し、母乳が出たらミルクの飲用を完全にやめる」という慣習へのリスクを示している。もちろん母乳育児は推奨されるべきだが、アレルギー予防の観点からは、一度ミルクを開始したのであれば、それを完全にゼロにするのではなく、少量(10mL程度など)でも良いので週に数回、あるいは毎日継続して摂取させることが、免疫寛容の維持につながる可能性がある。
「中途半端な開始と中断(ON/OFF)」が最もリスクが高いことを念頭に、退院指導においては「完全除去」を目指すのではなく、必要に応じた「少量継続」の選択肢も提示すべき時代に来ている。
問 アレルギーマーチとはなんですか?
答 アレルギーマーチは、同一個体がアトピー性皮膚炎や食物アレルギーに始まり、その後年齢を経るに従い気管支喘息、アレルギー性鼻炎、花粉症などへと進行することを指す。この流れにおいて、アトピー性皮膚炎は単なる皮膚疾患ではなく、全身のアレルギー炎症の「入り口」として機能する。皮膚で感作が成立すると、全身の免疫系がTh2優位(アレルギー体質)へとシフトし、その状態で食物アレルギーを発症すると、さらに炎症サイクルが増幅され、気道炎症(喘息)などの発症リスクを高めると考えられており、エビデンスは多い。
問 アレルギーマーチの予防戦略を教えて下さい
答 アレルギーマーチを阻止するためには、ドミノの最初の1枚目、すなわち「新生児期・乳児期早期の皮膚感作」と「食物アレルギーの発症」を食い止めることが検討されている。産婦人科医による「出生直後からのスキンケア指導」と「エビデンスに基づいた授乳指導(不要な除去の回避と、継続摂取の重要性)」は、まさにこのドミノ倒しを防ぐための最も上流にある介入である。我々が新生児の肌を守り、腸を育むことは、その子が将来、喘息やその他のアレルギーに苦しむことなく健やかに成長するための、最初にして最大のプレゼントとなり得るのである。