第十回:骨盤うっ血症候群について
沖縄県立南部医療センター・こども医療センター放射線科部長 我那覇文清
問 骨盤うっ血症候群とはどのような疾患ですか?
答 骨盤うっ血症候群は骨盤静脈の鬱滞により6カ月以上持続する慢性骨盤痛を呈する症候群で、その多くは閉経前の経産婦に生じます。欧米では比較的知られているようですが本邦では認知度が低く、診断されず放置されている症例も少なくありません。
問 原因は?
答 卵巣静脈の弁不全による逆流と骨盤静脈の鬱滞が主因と考えられていますが、閉経後症状が軽減したりホルモン療法が奏功したりすることからエストロゲンの関与も示唆されており、原因は未だ十分に解明されていません。骨盤静脈拡張により内膜が過伸展し、炎症や疼痛を引き起こすサイトカインの活性化を生じると考えられています。本症はとくに多産婦に多いとされますが、妊娠出産を機に生じた卵巣静脈の弁機能不全がその発生機序として推察されます。
問 症状は?
答 慢性の非周期的な下腹部痛や腰痛で、典型的には鈍痛ですが鋭いまたは拍動性のこともあります。長時間の立位や運動、性行為などによって増悪し、臥位で軽減します。月経時に増強することもあります。痛みは片側性が多いですが、両側性の場合もあります。
本症には陰部静脈瘤や下肢静脈瘤が併存することがあります。特に下肢静脈瘤は、通常の伏在静脈系静脈瘤に典型的な下腿内側の部位と異なり大腿背面などにみられるとされます。
なお内診では、卵巣の圧痛や頸部移動痛を認めます。
問 どのように診断しますか?
答 診断基準は確立されておらず、除外診断と画像検査を組み合わせ総合的に診断します。子宮内膜症やPID、泌尿器や消化器疾患、ナットクラッカー症候群など慢性骨盤痛を呈しうる他疾患が除外され、かつ以下の画像所見を認めた場合は積極的に疑います。
エコーでは拡張した卵巣静脈と逆行性血流(バルサルバ法で増強)、子宮筋層内の拡張した血管などを認めます。造影CTやMRIでは、通常径8㎜以上を卵巣静脈異常拡張とします。一方、画像的に卵巣静脈が太くても無症候性のことはしばしばあり、あくまで症状が重要です。
最終的な診断には静脈造影が必要で、卵巣静脈が逆行性に造影され、骨盤内の子宮・卵巣静脈叢への逆流を認めれば、確定診断に至ります。
問 治療方法は?
答 まず鎮痛薬(NSAIDs)やホルモン療法(酢酸メドロキシプロゲステロンやGnRHアゴニスト)による疼痛コントロールが行われます。これで十分な除痛が得られない場合、以前は外科的卵巣静脈結紮術が行われたことがありましたが、最近ではより低侵襲かつ診断的静脈造影に続けて施行可能である卵巣静脈塞栓術が主流となっています。
問 経皮的卵巣静脈塞栓術の概要を教えてください
答 右大腿静脈を穿刺し、左腎静脈にカテーテルを進め、まず静脈造影を行います。卵巣静脈の骨盤内への逆流が著明で、拡張した子宮卵巣静脈叢が逆行性に造影されると診断が確定します。続いてカテーテルを左卵巣静脈に進め、金属コイルで卵巣静脈を塞栓し、卵巣静脈の骨盤内への逆流をブロックします。コイル留置に先立ち、硬化剤(ポリドカスクレロールやオルダミンなど)の卵巣静脈叢への注入もよく併用されます。これは骨盤静脈そのものを血栓閉塞させて、側副路形成による再発を防止するのが目的です。
まず左卵巣静脈の塞栓術を行って経過をみますが、効果不十分なら右卵巣静脈の塞栓を追加することもあります。
治療成績としては、これまでの代表的ケースシリーズでの疼痛改善は68%~89%に得られています。visual analogue scaleによる評価を行った18報告例では、術前平均の5.2~8.4点が術後は0.1~5.2点と各々の報告で統計学的に有意な改善が得られていました。疼痛改善までに要した期間は記載のある報告では1~3週以内とされています。症状再発は0~25%と報告され比較的少なく、最終的な有効率は67%~83%とされています。
合併症は、重篤となりえるものとしてコイルやヒストアクリルの肺動脈への逸脱があり、2,000例を超えるメタ解析で0.9%に生じていました。コイルは概ね回収可能で、致死的あるいは後遺症を残すような合併症はありませんでした。
したがって経カテーテル的塞栓術は安全で有効な治療であると考えられます。なお、月経周期や妊孕性への悪影響は報告されていません。
典型的な症例を提示します。
30代の経産婦。主訴は慢性骨盤痛で、数年来経口鎮痛剤を連用していた。既往歴に特記すべきものなし。血液検査も炎症所見などの異常値なし。婦人科診察で子宮内膜症などは否定。
造影CTやドプラエコーで左卵巣静脈の拡張と逆流を認め(図a)、骨盤うっ血症候群が疑われた。
静脈造影で左卵巣静脈の著明な拡張と骨盤内への逆流を認め(図b、c)、骨盤うっ血症候群と診断を確定。続けて左卵巣静脈塞栓術を施行した。
まず卵巣静脈叢に硬化剤(オルダミン)を注入し、局所の血栓化を促した後、卵巣静脈本幹は金属コイルを留置。左卵巣静脈の逆流は完全に停止した(図d)。
術後数日で痛みの改善が得られ、visual analogue scaleによる評価では術前7点が1週間後には1点まで低下し、自覚症状の改善は著明であった。2年後までの経過観察で再発は認めなかった.
図 骨盤うっ血症候群に対して、左卵巣静脈塞栓術を行った症例
a:術前造影3D-CT(左前斜位)
左卵巣静脈が著明に拡張している(矢印)。
b:左腎静脈造影
バルサルバ法(息ごらえ)下の造影。左卵巣静脈の著明な逆流を認める(矢印)。
c:左卵巣静脈造影
骨盤内への逆流が著明で、対側の卵巣/子宮静脈叢まで逆流し、両側内腸骨静脈に注いでいる(矢印)。
これら逆流所見で骨盤うっ血症候群と最終診断し、続けて塞栓術を行った。
d:左卵巣静脈コイル塞栓後の造影
左卵巣静脈は遠位より複数箇所でコイルが留置され(矢印)、逆行性血流は完全に遮断されている。
まとめ:
骨盤うっ血症候群について概説しました。本邦では未だ認知度が低く、診断されていない症例は多いと考えられます。比較的低侵襲なカテーテル治療で症状改善が期待できるため、他疾患では説明のつかない慢性骨盤痛で卵巣静脈の拡張をみた場合、本症を疑うことが重要と思われます。