28.明日の診療に役立たない話~プレマリンの歴史

 2024年になりました。最近は、ジェンダー平等とか女性の社会活躍の推進の観点から、更年期障害についてマスメディアが取り上げることが多くなりました。一方で、HRTについてあまりアップデートする情報がみあたりませんので、今回はプレマリンの歴史について紹介したいと思います。

 プレマリン(結合型エストロゲン)は、妊娠した馬の尿を精製して製造されていることは周知の通りです。1942年にワイス社から発売され、現在ではファイザー社が国内では認可されていない1本14g(プレマリン0.625mg含有)のクリーム製剤も含めて販売しています。原料の調達方法ですが、採尿方法について動物愛護団体から問題視されて、採尿場所を米国から中国等に移しているようです。

 以前は、国内でも帝国臓器製薬会社(現あすか製薬)がオバホルモンの商品名で十勝の農家から集められた馬尿でエストロゲン製剤を製造していました。胎盤から分泌される硫酸エストロンの尿中濃度は妊娠後半(10月から翌年の3月)に高くなることから、冬になると採尿用の樽が配られて長い柄をつけた大きな杓で採尿していたようです。やがて馬の飼育数が減少して、帝国臓器十勝工場は1957年に閉鎖され、1964年に現在のプレマリン錠0.625mgが国内上市されました。

 ちなみに、あすか製薬では、オバホルモンデポー(エストラジオールプロピオン酸エステル)が2018年まで販売されていましたが、現在処方可能なエストロゲンデポー注射剤は、富士製薬のプロギノン・デポー(エストラジオール吉草酸エステル)になります。また、動物の発情誘起等の適応で畜産用医薬品として、動物用オバホルモン注(エストラジオール安息香酸エステル)が残っています。

 さらに余談として、バストミンクリーム(1965年発売)やヒメロス軟膏(1962年発売)というエストロゲン外用剤が一般用医薬品(第2類医薬品)として大東製薬工業から現在も販売されています。いずれも100gあたり20㎍のエチニルエストラジオールと60㎍のエストラジオールが含有されています。低濃度とはいえ、個人的には高力価の性ホルモンであるエチニルエストラジオールを含有する製剤が、1960年代に医療用医薬品でなく一般医薬品として認可されたまま問題化していないのが不思議です。一方で、自分が研修医時代であった1990年代頃は、術後血栓症は大きな問題となっておらずプレマリンが一般外科手術後の止血剤セットの一剤としてルチーンの点滴に入っていましたが、現在ではプレマリンが止血剤として用いられていたことを知らない若手の先生も多いかと思います。

 さて、このプリマリン(登録名は原料の妊娠馬尿であるpregnant mare’s urineに由来します)に含まれる結合型エストロゲンとは何でしょうか? 性ホルモンはステロイドホルモンに属し、遊離型と肝臓等で代謝(硫酸抱合、グルクロン酸抱合など)されて蛋白質と結合した結合型があります。プレマリンの主成分は硫酸エストロンで、抱合エストロンの塩と、抱合エクイリンの塩との合計量の割合は、70-95重量%であり、抱合エストロンの塩に対する抱合エクイリンの塩の存在割合は、0.25-0.75だそうです。

 すなわち、プレマリンは多種類のエストロゲン混合物ですが、主成分は以下10種類の必須エストロゲン化合物(硫酸抱合体Na塩)から構成されます。

  • 抱合エストロン
  • 抱合エクイリン
  • 抱合Δ8,9−デヒドロエストロン
  • 抱合17α−エストラジオール
  • 抱合17α−ジヒドロエクイリン
  • 抱合17β−ジヒドロエクイリン
  • 抱合17β−エストラジオール
  • 抱合エクイレニン
  • 抱合17α−ジヒドロエクイレニン
  • 抱合17β−ジヒドロエクイレニン

 プレマリンは合成化合物でない天然原料からの精製物であるだけでなく、安価で長期にわたる安全性と有効性に関する豊富なエビデンスを有する薬剤ですが、成分全てを把握困難な性ホルモン混合物である点から、個人的には新規で処方することはほとんどありません。