「旧優生保護法の検証のための検討会報告書」の公表を受けて

令和2年6月26日

「旧優生保護法の検証のための検討会報告書」の公表を受けて

公益社団法人日本産婦人科医会
会 長  木 下 勝 之 

 令和元年4月に発足した日本医学会連合の旧優生保護法の検証のための検討会は、通算13回の討議と、被害者を含む関係者や参考人からの意見聴取とともに、歴史的な経緯についての資料の確認を行った末に、令和2年6月25日に、「旧優生保護法の検証のための検討会報告書」に、「旧優生保護法の歴史を振り返り今後のあるべき姿勢を提言する」と副題をつけて、社会に公表しました。
 報告書は、旧法の歴史を振り返り「医学・医療関係者が旧法の制定に関与し、運用に携わり、人権思想浸透後も法律の問題性を放置してきたことは誠に遺憾」と表明しており、さらに医学・医療関係者が被害救済に向けて直ちに行動を起こさなかったことへの「深い反省と被害者らへの心からのおわびの表明」を提言する内容となっています。
 公益社団法人日本産婦人科医会は、旧優生保護法に基づく優生保護法指定医師の団体として設立された日本母性保護医協会を母体としています。本会は、本会設立の歴史的な経緯を考慮し、今回の日本医学会連合による「旧優生保護法の検証のための検討会報告書」を真摯に受け止め、旧法の制定に関与し、またその法律の問題性に思い至らなかったことに深く反省するとともに、被害者に対して心からのお詫びを申し上げます。
 現代社会では、国際的にも月経、避妊、中絶、婦人科の疾患、出産など、「女性の健康」の重要性が強調され、「Reproductive health / rights」(性と生殖に関する健康/権利)が提唱され、子を持つか持たないかは、自分で決定するという、自己決定権の考え方が本来のコンセプトであるとする時代となっています。
 当時の旧優生保護法下で行われた強制不妊術では、個人の自己決定権への配慮はありませんでした。このような自己決定権は、インフォームド・コンセント、インフォームド・アセントの考え方にあるように、今日の医療現場においては、広く浸透し尊重されつつあります。しかし、説明すべきことが十分に語られ、患者に理解されているかという点においては、未だ不十分な面が指摘されており、インフォームド・コンセント、インフォームド・アセントのさらなる深化を追求していきたいと思います。
 今日では、科学技術の進歩は激しく、インターネットを介した情報通信技術、人工知能、さらにゲノム解析やゲノム編集をはじめとする最先端の遺伝子操作技術が人間社会の在り方さえも変える程に進みました。いまや人類におけるゲノムとは、ゲノムをデジタル情報に置き変えることであり、“生命の設計図”ともいわれるゲノムの配列・構成をコンピューター上で操作するゲノム編集が可能になっています。その結果、デジタル上で実際に書き換えたゲノム設計図を生きた細胞の中に入れたり、細胞を構築することまで可能な合成生物学としての遺伝子操作技術が進み、米国では既に産業化への試みまで始まっています。この技術は、人類社会が恩恵を受ける可能性も秘めていますが、自然界に存在しない生物をつくり出すこともできるという未知の時代に我々は導かれつつあります。
 これからの高度な遺伝子操作技術が医療に応用される時代にあっては、個人の問題を越えて、生態系、さらには人類そのものの存在に対して想定範囲を超えた影響をも考えねばならない時代を迎えています。今の時代ほど、生命倫理、医療倫理の重要性が問われることはありません。
 今回の日本医学会連合の提言にあるように、これからは過去の過ちに対する深い反省の上に、一層高い倫理観をもち、性と生殖医療にかかわる医療はもとより、日々の診療、教育、研究、さらには最先端へと向かって進むゲノム遺伝子診療、遺伝子操作技術さらには合成生物学研究等に至るまで、我々は真摯に向き合い、たえず検証し、最善の選択をしながら従事したいと考えています。
 皆様のご支援とご指導をよろしくお願いいたします。