子宮収縮薬使用の際に分娩監視装置の連続装着を行わなかった結果,脳性麻痺となった事例 〈M 地裁 2003 年2月〉

1.事案の概要

 1人医師医療法人有床診療所.産婦:33歳,1回経産婦.分娩予定日1998年3月X日.

 妊娠41週4日に予定日を超過したため入院しネオメトロ挿入.翌41週5日8時28分から人工破膜しプロスタグランジンE2錠を1時間ごとに8錠内服.CTG30分間装着.16時30分からプロスタグランジンF2α2Aを点滴,その後胎児心拍は1時間に1度のドップラー監視で異常はないとされていた.23時00分分娩.アプガースコアは1分1点,5分2点の重症仮死で3,168gの男児.蘇生実施,以後小児医療センターに転送され処置が行われたが,その後脳性麻痺と診断された.

 

2.紛争経過および裁判所の判断

 原告は,3億2,000万円余を請求し訴訟を提起した.

 裁判所は,次のように判示して,逸失利益4,300万7,991円,介護費4,277万6,832円,慰謝料本人2,600万円,両親各250万円,弁護士費用1,168万円の請求を認定した.

①医薬品の添付文書の記載事項は,当該医薬品の危険性(副作用)につき最も高度な情報を有している製造業者または輸入販売業者が,投与を受ける患者の安全を確保するために,これを使用する医師などに対して必要な情報を提供する目的で記載するものであるから,医師が医薬品を使用するにあたって添付文書に記載された使用上の注意事項に従わず,それによって医療事故が発生した場合には,これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り,当該医師の過失が推定されるというべきである.

②同じ陣痛促進薬であるプロスタグランジンE2およびプロスタグランジン F2αはともに,添付文書上,単独で用いる場合であっても過強陣痛となり,胎児仮死状態になるおそれがあることから,分娩監視装置などを用いて十分な監視のもとで慎重に投与する必要があるものといえる.したがって,陣痛促進薬の投与にあたり,胎児仮死に関する情報がきちんとモニターされていたとは到底いえない.1時間ごとに1回,ドプラーを使用して胎児心拍を計測するだけの監視の下で漫然とプロスタグランジン F2αの点滴を開始し増量した過失があるものといわざるを得ない.

 

3.臨床的問題点

 現行の産婦人科診療ガイドライン産科編2020のCQ415-「2子宮収縮薬投与中にルーチンで行うべきことは?」で「分娩監視装置を連続装着して,胎児心拍数陣痛図として記録する.(A)」と「分娩第1期は約15分間隔,第2期は約5分間隔で胎児心拍数陣痛図を評価する.(C)」のAnswerがある.本事例では子宮収縮薬であるプロスタグランジン製剤を用いている分娩であるにもかかわらず,分娩監視装置を30分間装着したのちに1時間に1度のドップラー監視のみしか行っておらず,適切な評価を行っているとは言い難い.

 

4.法的視点

 医療行為について過失が認められるかどうかの判断の分岐点は,「診療当時の臨床医学の実践における医療水準」を満たしていたかどうかにあり,裁判では,各種診療ガイドライン,医学文献などを根拠としながら,問題となる医療行為について本来求 められる具体的な水準を判断している.薬剤の使用方法などが問題になる事例では,薬剤の添付文書が証拠として提出され医療水準の判断の際の根拠とされることも多く, 本件でも,原告側からプロスタグランジンE2およびプロスタグランジンF2αの添付文書が提出されている.

 本件は薬剤添付文書の記載との相違が問題となった事例であるが,各種診療ガイドラインなどの記載が問題になる場合についても,本件裁判所と同様の判示がなされることが多い.すなわち,診療当時の薬剤添付文書またはガイドラインなどに従わず, 医療事故が発生した場合には,薬剤添付文書またはガイドラインなどの記載に従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り,当該医師の過失が推定される.つまり,薬剤添付文書またはガイドラインなどの記載に従った医療行為を行わない場合には,その合理的な理由がなければ過失が認められる可能性が高くなる.

 本件は1998年の事例であり,裁判では前掲の産婦人科診療ガイドライン産科編には言及されていないが,今後は,同ガイドライン2020の記載に従っているかどうかが, 過失の有無にかかる重要な判断要素となり得ることに留意されたい.