帝王切開時のガーゼ遺残で敗血症を発症し,損害賠償を請求された事例 〈T 地裁 2017 年 12 月〉
1.事案の概要
原告は40代前半の帝王切開既往妊婦で,経腟分娩を希望し,被告A医院を受診した. 原告は妊娠末期に陣痛発来で入院したが,入院3日目の午前4時過ぎに切迫子宮破裂の診断で緊急帝王切開術を受けた.この時ガーゼ30枚入りの緊急帝王切開セットが使用され,手術は1時間で終了した.
原告は,手術後,腹部の痛みを複数回訴えた.被告は,術後6日目に腹部超音波検査を実施したが,ガーゼ遺残を疑うことなく,術後8日目に原告を退院させた.原告には退院翌日から 38度を超える発熱を認めた.術後13日目,原告は産後2週間健診のため被告医院を受診,発熱や喉の痛みなどの風邪症状を訴えた.被告は血液検査,腹部触診および腹部超音波検査を実施したが,ガーゼ遺残を疑うことはなく,原告に対し上気道炎症状から内科受診を勧めた.原告は術後15日目,内科B医院を受診,医師は,原告の右下腹部に腫瘤を触知したため,C病院の受診を指示,CTおよび腹部X 線検査で下腹部のガーゼ遺残が疑われた.原告は,術後17日目にC病院にて,腹腔鏡下異物除去術を受け,ガーゼによる膿瘍形成が確認された.原告は敗血症の診断で抗菌薬の投与を受け,1週間後に退院した.
原告は,産後1カ月健診のため,夫と被告A 医院を受診した.被告は原告に対し,本件における帝王切開が緊急であったため手術前にガーゼカウントを実施していないこと,手術終了時に助産師がガーゼカウントを実施して枚数一致を確認した上で閉腹したこと,本件事故の原因として緊急帝王切開セットの納入業者が誤ってガーゼを1枚多く詰め合わせた可能性があることを説明した.
2.紛争経過および裁判所の判断
ガーゼ遺残の事実は被告も認めており,注意義務違反(過失または債務不履行)が あったことは当事者間に争いはないが,原告は被告に対し,不法行為または債務不履行に基づく損害賠償請求として 642万円余りを求めた.
裁判では,①入院中に X線検査などをしなかったこと,産後2週間健診時の触診などに関する医療行為上の注意義務違反(過失ないし債務不履行),②経腟分娩の可能性がほとんどないことについての説明とガーゼカウントについての説明義務違反,③ 原告の損害(とりわけ慰謝料額 500万円)が争点となり,最終的に争点①,②については原告の主張どおりに認められたが,争点③については原告の請求する慰謝料額から300万円減額され,治療費負担なども含め284万円の損害賠償が認められた.
3.臨床的問題点
ガーゼ遺残に関して毎年,医療安全の偶発事例報告がある.責任の所在が明らかであることが多く,民事訴訟となる例は少ないが,この事例のように遺残後の対応によっては訴訟となることがある.医療安全の面では,鋼線入りガーゼの使用,手術時のガーゼカウント,手術終了時の腹部X 線撮影などがその予防策になる.各施設でガーゼ遺残防止対策を検討して実行する必要がある.
4.法的視点
ガーゼ遺残は医療側の過失が明らかであることから,通常は,任意交渉により,患者の被った損害(治療費,慰謝料など)を賠償し合意に至ることがほとんどである.本件は,適切な損害額を超える過大な慰謝料が請求されていたために,合意に至らなかったものと推認される.
過失が明らかな場合でも,時に,被害者側から不合理な請求がなされることもあるため,事故が発生した場合や紛争化した場合には,速やかに医師会や損害保険会社などの関係各所へ事故発生・紛争化を報告し,損害賠償実務に従った合理的な解決を目指すべきである.