流産手術時の子宮および小腸穿孔に対して損害賠償が請求された事例 〈T 地裁 2006 年7月〉

1.事案の概要

 前処置として吸湿性子宮頸管拡張材による頸管拡張を行った後,B医師による流産手術が行われたが,ゾンデ診8.5㎝,胎盤鉗子約10㎝挿入しても子宮底を確認できず, C医師に交代するも明らかな穿孔所見はなく,子宮内の遺残物を摘出し手術を終了した.術後超音波検査で子宮内容の残存はないがエコーフリースペースが認められた. B医師は子宮穿孔もあり得ると考え,抗菌薬と止血薬を処方した.原告は当日19時頃の診察時から下腹痛を訴えていた.術後2日午後の腹部レントゲン検査でイレウス像と腹腔内遊離ガス像を認めたため外科に転科し,開腹術が施行された.小腸2カ所に穿孔が有り,小腸を27㎝切除,子宮穿孔部を縫合して手術が終了した.原告は15日後に退院したが,腹痛と体調不良を理由に退院後約1カ月間欠勤した.

 

2.紛争経過および裁判所の判断

 2003年の事例で,被告が流産の子宮内容除去術を施行した際に子宮および小腸を穿孔したこと,並びに腹膜炎に対する速やかな処置を怠ったことについての過失を認めたため,損害の範囲およびその額のみが争点となった.

 原告は被告A病院に対して,以下のとおり 2,984万円 の損害賠償を請求した.

 ①入院雑費:1日1,500円×15日=22,500円,②休業損害:283,440円×2カ月= 566,880円(入院+退院後も体調不良で計2カ月出勤できず),③後遺障害による損失利益:3,401,280円(年収)×0.2(労働能力喪失率)×17.017 = 11,575,916円(退院後も腹痛や便秘有り,腹部臓器障害)→後遺障害等級 11級,手術痕全長18.5㎝のミミズ腫れ→同14級),④慰謝料:入院+通院慰謝料(精神的損害)77万円,子宮・小腸穿孔1,000万円(生理不順・不妊・妊娠しても帝切の精神的損害),後遺症慰謝料(11級)420万円,⑤弁護士費用 271万円(前述①ないし④の1割に当たる 271万円)

 原告の請求に対し,裁判所は次のように判示して,362万円余の請求を認めた.

 損害のうち①入院雑費について全額認める,②休業損害について,入院・通院の19日間の欠勤は認めるが,退院時には全身状態は安定しており,すべてを損害とは認められないので30万円が相当である,③後遺障害として下痢・便秘の症状が月2~3回ある状態が続いているというが穿孔との因果関係があるとはいえない.手術痕についても通常労働能力を喪失するものではない.この損害は慰謝料の中で考慮すべきである,④慰謝料としては,子宮穿孔が将来の妊娠に及ぼす影響についての憂慮は理解でき 300万円が相当,⑤弁護士費用30万円.

 

3.臨床的問題点

流産手術時の対応

 子宮穿孔は,流産手術の際には常に発症の可能性を念頭において操作をすることが重要である.本事例もゾンデ,胎盤鉗子が想定よりも深く挿入しても子宮底に到達していないと感じた時点で,医師が変わるなど慎重な対応がなされたと思われる.

 詳細な手術記録が分からないが,C医師が操作を交代した時点で明らかな穿孔所見がないという記載から,子宮底部近傍での穿孔ではなく,子宮前屈のため,子宮体部後面に子宮頸管拡張時に穿孔していた可能性なども疑えるので,C医師への交代後, 操作時に経腹的超音波検査を並行して行うか,あるいは操作終了後に,経腟的超音波 検査を行うことで子宮筋層内の子宮穿孔部分が描出された可能性はある.

子宮穿孔を疑った後の対応

 今回の事例では,子宮穿孔を疑ってから開腹手術まで約46時間経過している.術後に子宮穿孔を疑っていたのであれば,腸管穿孔の発症も疑わなければならず,当日19時に下腹部痛を訴えていたことからも,可能な限り早い時期に腹部単純 X線や腹部造影CT検査を施行し,腸管穿孔の有無を評価し始めることが重要だったと思われる.

 

4.法的視点

 本件は,医療機関側が過失を認めたため,過失は争点となっていないが,類似の事例であっても例えば腸管穿孔の診断・治療が適切かつ速やかに行われた場合には,過失が否定される場合もあろう.

 また,損害は,過失行為との因果関係のある範囲に限って認められるため,本件では,小腸を穿孔しその診断・治療が遅れたことによる損害を賠償することとなる.例えば休業損害について,患者は15日間の入院後も体調不良で欠勤したなどとして約2カ月の休業損害を請求しているが,裁判所は,術後経過に照らし休業を要するような状況ではなかったために,入院15日間と数日間の通院期間のみを休業期間として認めた.

 このように,損害賠償請求訴訟では,過失の有無だけでなく,因果関係損害についても,医学的知見などを参考にしながら法的に検討され,妥当な損害賠償の範囲が判断されている.