自宅併設診療所はどこまで診療義務を負うか.医師法 19 条,応招義務 〈T 地裁 2015 年 11 月〉

1.事案の概要

 出勤途上で転倒し受傷した原告Aが近くのB医院まで歩いて行ったところ,時間外のために診療してもらえずに救急車を要請した事例である.

 AにはB医院の受診歴はなかった.B医院は診療所兼自宅で,医師1名,看護助手3名の無床診療所で,外科,内科,胃腸科を標榜し,診療開始時刻は午前9時であった.Aは午前7時40分に受傷したため,B医院の玄関先で携帯電話から診療を求めたが,B医師が玄関先で,まだ診察の準備ができていないので救急病院に行く方がよいと促された.どうしてもということであれば診察すると言われたが,自分で救急隊に電話連絡し,救急車を要請した.約10分後に救急車が到着してC病院に搬送され,その後整形外科のあるD病院で診察を受けた.転倒から3日後に国立E病院で左足関節骨折と診断され翌日から21日間入院した.

 

2.紛争経過および裁判所の判断

 受傷3カ月後,B医師に対し原告代理人を介し謝罪と慰謝料50万円を要求する内容証明郵便が届いた後,診療を求めたにもかかわらず不当に診療を拒否されたとして, 医師法19条1項の応招義務違反を理由に不法行為に基づく損害賠償を請求する訴訟が提起された.

 裁判所は,次のように判示してAのBに対する請求を棄却した.

 そもそも医師法19条1項は国に対して医師が負う義務を定めたものであり,同条項違反行為があったとしても,ただちに不法行為を構成するものではない.当該事実関係下においては原告が診療時間外に診療を受けられると期待したとしても法律上の保護に値する利益とは言い難い.

 なお,Aは,救急搬送先のC病院に対しても痛みが強いのに1時間放置し骨折を見落としたとして,整形外科のあるD病院に対しても骨折がないと誤診したとして,損害賠償請求訴訟を提起したが,いずれも認められなかった.

 

3.臨床的問題点

 本件で初期対応したB医院は診療時間外で応急体制になかったこともあり救急病院での受診を勧めている.

 産婦人科医院は,分娩に備えて診療所と自宅が同一敷地内の場合が多く,同様の事態が起こり得る.例え外来診療のみの形態であったとしても,自施設で管理している妊婦や通院している患者に対しては緊急時の連絡方法や,事前の連携病院との協議,時間外に対応できる病院の説明などを十分しておくことが必要である.厚生労働省「医療を取り巻く状況の変化等を踏まえた医師法の応召義務の解釈についての研究」班の検討から,緊急対応が不要な患者への時間外診療については即座に対応する必要はなく診療しないことに問題がないとされる一方,時間内受診依頼,他の診療可能な診療所,病院を紹介することが望ましいとされている(表1参照)

 

4.法的視点

 応招義務は,医師または歯科医師が国に対して負担する公法上の義務であり,患者に対する私法上の義務ではないものの,医療機関は,患者に対して民法上の診療契約に基づく診療義務を負う.したがって医療機関は,応招義務とは別に,患者からの診療の求めに応じて必要にして十分な治療を与えることが求められ,正当な理由なく診療を拒んではならない

 前掲の厚生労働省研究班報告書の内容を踏まえて「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」(医政発1225第4号令和元年12月25日)と題する厚生労働省医政局長通知が発出された.同通知によれば,どのような場合に診療の求めに応じないことが正当化されるか否かについての最も重要な考慮 要素は,患者について緊急対応が必要であるか否か(病状の深刻度)である.このほか,医療機関相互の機能分化・連携や医療の高度化・専門化などによる医療提供体制の変化や勤務医の勤務環境への配慮の観点から,①診療を求められたのが診療時間内・勤務時間内か,それとも診療時間外・勤務時間外か,②患者と医療機関・医師・歯科医師の信頼関係などが考慮要素として挙げられる(表1)

 本件では,生命身体に重大な影響を与えるような緊急を要する状況になかったこと, 診療時間外であったこと,救急病院を受診するよう促したことなどから,診療の求   めに応じないことが許容されると考えられる.例えば仮に,本件が診療時間内で,AがB医院に通院中の患者であり,緊急対応を要するまたは重篤な状況にあったとすれば,速やかに応急処置を施しつつ,自施設で対応不可能であれば搬送または転院さ せるなど,具体的な状況によって求められる対応は異なる.