(2)妊娠と歯科

ポイント

  • 妊娠に伴う女性ホルモンの変化やつわり症状により,適切な口腔ケアが困難となり,妊婦は歯周病やう蝕に罹患しやすくなる.
  • 妊娠中に妊婦が歯周病になることで,早産,低出生体重児,妊娠性高血圧腎症,妊娠糖尿病のリスクが高まる.
  • 妊娠前から口腔内環境を整えておくとともに,妊娠中の歯科受診による予防・早期治療を行うことが重要である.
  • 1)妊娠に伴う口腔内環境の変化

        妊娠に伴う女性ホルモンの増加により歯周病菌が増殖しやすくなる.それにより,歯周組織に炎症反応が起こりやすくなる.また,唾液分泌量・質の変化による口腔内環境の変化,食習慣や嗜好性の変化,つわりによって十分な口腔ケアが困難になることで,通常よりも歯周病やう蝕(むし歯)に罹患しやすくなる.妊娠中の歯周病の罹患率は40%であり1),妊娠中は歯周病やう蝕が悪化しやすい.

  • 2)歯周病と周産期の母子への影響

        口腔内の細菌が胎盤に直接傷害を与える場合と,炎症性物質の産生によって影響が及ぶ場合があると考えられている(図19)2)
        妊娠中に妊婦が歯周病になることで,早産,低出生体重児,妊娠性高血圧腎症,妊娠糖尿病のリスクが高まることが報告されている2-5).また,歯周病を放置すると,産後の母子伝播につながる.妊娠中に口腔内をきれいな良好な状態に保つことは,妊娠中だけではなく産後の母子のリスクを予防する上でも重要である.

    周産期のリスク

    • ①早産・低出生体重児

          妊娠22~37週未満の間に分娩に至った場合をいう.母体への負担だけではなく,児に対して呼吸障害や臓器の未熟性によるリスクがある.

    • ②妊娠高血圧症候群

          妊娠20週以降にはじめて高血圧を発症しかつたんぱく尿を伴うもので,分娩12週までに正常に復する場合に診断される.妊娠高血圧腎症,妊娠高血圧,加重型妊娠高血腎症,高血圧合併妊娠に分類される.胎児発育不全,胎児死亡,母体死亡のリスクがある.

    • ③妊娠糖尿病

          妊娠中に初めて発見された糖代謝異常のことを指す.妊娠高血圧症候群,胎児死亡,巨大児などのリスクを伴う.

      歯周病が妊娠合併症に関連するメカニズム

  • 3)妊娠中の歯科健診と公的補助

        わが国では自治体からの「歯科健診」の公的補助が設けられている

    • ①歯科健診の内容,回数と時期

          妊娠中の歯科健診では,問診,歯科健診(歯周病,う蝕,口腔清掃状況),結果に基づく歯科保健指導などが行われる.多くの自治体では費用は無料である.歯科健診の結果,必要になった歯科治療は保険診療扱いで有料となる.
          歯科健診の回数と時期は自治体により異なるが,以下の3種類のいずれかが一般的である.

      • 妊娠期間中に1回
      • 妊娠中から産後1年以内に1回
      • 妊娠中に1回,産後1年以内に1回(合計2回)
    • ②妊娠中の歯科健診受診率

          妊娠中の歯科健診受診率は約6割である(図 20).妊娠中に歯科を受診しなかった 理由には「忙しい」「必要性を感じなかった」が多い.また,妊娠中に歯科に関する指導を行っている施設は約5割にとどまり,教育・啓発強化が必要である 6 – 7). 妊娠後は,早期に歯科健診を受けることが望ましい.歯科受診は妊娠中のどの時期 でも可能であるが,妊娠初期につわり症状(悪心,嘔吐など)がある場合は,つわり症 状が消失してからの方が負担は少ない.また妊娠後期になると増大した子宮により, 歯科の通院や治療の姿勢を保つのも負担になる.そのため,つわり症状がない場合は 妊娠したら早期に歯科受診し,つわり症状がある場合はつわり症状消失後に受診する.

      初経産婦別の妊娠中の歯科受診率

  • 4)妊婦の歯科に関する管理

    • ①つわり症状がある時の口腔ケア方法 8)

          つわり症状は日々,時間帯によって変動するため,体調に合わせて可能な範囲での 口腔ケアを行うことが重要である.

      • 無理せず体調の良い時間帯を選んで口腔ケアを行う
      • ながら磨き(例:テレビなどを見ながら)
      • ヘッドの小さい歯ブラシを使用する
      • 奥から前にかき出すように磨く
      • 顔を下に向けて磨く
      • 歯磨剤を無理に使用しない(においがつらい場合)
      • キシリトール入りガムを噛む(可能な場合 など
    • ②妊娠中の歯科治療 8)

          妊婦は「レントゲンは大丈夫なのか」「薬は飲んでも良いか」などの不安を抱くこ とがある.必要に応じてレントゲン撮影を行い,正確な診断に基づき治療を実施する ことが重要である.ただし,妊娠初期は器官形成期であり,不必要な投薬やレントゲン撮影は避けるべきである.多くの施設ではレントゲン撮影の際には,防護エプロンを 着用させて,腹部や胸部への被曝を防いでいる.歯科受診の際は,妊娠していること や妊娠週数を,妊娠の可能性がある場合は事前に申告するよう指導する.

  • 5)妊娠前から口腔内環境を整える

        近年の日本では,妊娠した時点で働いている女性も多く,多忙により歯科健診の優 先度が低い傾向にある.妊婦に対する教育啓発も必要であるが,それ以前に妊娠前か ら定期的に歯科健診を受けてもらうことが重要である.妊娠前に口腔内環境を整えて おき,安心して妊娠を迎える,この流れが重要であると考える.高校や大学における 教育においても「妊娠と歯科」の関連について指導していくことが望まれる.

文献

  • 1)Chen P, et al. Prevalence of periodontal disease in pregnancy: A systematic review and meta-analysis. J Dent. 125 : 104253 , 2022 doi: 10 . 1016 /j.jdent.2022 . 104253
  • 2)相澤志保子,他.歯周病が妊娠合併症と関連するのはなぜ?.産科と婦人科.89(11):1217 – 1220,2022
  • 3)日本産科婦人科学会,日本産婦人科医会編.産婦人科診療ガイドライン産科編 2023.CQ 505.293 – 294, 2023
  • 4)日本産科婦人科学会,日本産婦人科医会編.産婦人科診療ガイドライン産科編 2023.CQ 309 -1,309 – 2. 176 – 184,2023
  • 5)日本産科婦人科学会,日本産婦人科医会編.産婦人科診療ガイドライン産科編 2023.CQ 005 -2.23 – 27, 2023
  • 6)鈴木紀子,他.周産期の口腔ケアに関する実態調査(第 1 報)-妊婦の歯科受診行動と影響要因-.日本口腔 ケア学会雑誌.17(2):12 – 17,2023
  • 7)鈴木紀子,他.周産期の口腔ケアに関する実態調査(第 2 報)-妊婦の歯科受診に関する保健指導の現状と課 題-.日本口腔ケア学会雑誌.17(2):18 – 23,2023
  • 8)日本口腔ケア学会周産期口腔ケア推進委員会(https://shusanki.oralcare-jp.org/)(アクセス日 2025年 4月 17日)