2.タイタニック号における予見と回避
出港する時に,春先の北大西洋に氷山が流れてくることがあることは船長の念頭にあり,航路を18㎞南寄りにとったとする「事実」がある.
ただ,出航の段階では,いつどこでどんな氷山に衝突するか,具体的に「予見」した人はいなかった.だから誰も出航を止めなかった.ただ,出発前に乗船を「回避」していれば,死亡の結果は確実に避けられただろう.どんな事件も,最初は,予見可能性が0%,回避可能性は100%のところからスタートする.
さて,運命の夜,はるか彼方に氷山が現れた.衝突するかもしれないという「予見」可能性は少し増え始めた.「回避」可能性はまだまだ高い.いつからいつまで見張りが立っていたか,見張りが双眼鏡を使わなかったのはなぜか,双眼鏡を使えば闇夜の中で氷山が見えたかなどの「事実」については,後に争われることになる.
いよいよ,氷山が目前に迫ってくる,誰の目にも衝突が「予見」できるようになり,「回避」の手段は少なくとも2つある.ブレーキをかけるために船のスクリューを逆回転させて速度を落とすこと,または,船を加速して舵を切ることである(船は速度が速いほど急峻に方向を変えられる),船長は前者を選んだ.
最後の衝突の時点では「予見」可能性は100%に,「回避」可能性は0%になる.どのように救命ボートを割り当てて犠牲者を少なくするかが問われている.
後になってアメリカとイギリスで調査委員会が立ち上げられ,様々な問題点が指摘され,再発防止策が検討されるなか,将来同じ誤りが繰り返されたら「過失」とされるであろうと述べられたとも伝えられる.