3.医療事故が紛争化した場合の解決の流れ

1.紛争が発生した場合の解決手段と流れ

 紛争が発生した場合の対応方法としては,大きく分けて裁判裁判外の手続がある.

 裁判外の紛争解決手続においては話合いが成立した場合にのみ解決するが,裁判の場合は話合いが決裂しても必ず判決により紛争は終了する(図9)

 各手続のメリット・デメリットを11 に示す.裁判は時間も労力も要し,場合によってはマスコミの報道対象となることから,なるべく話合いで解決することが望ましい.

 

 紛争が発生した場合の解決までの大まかな流れは10 のとおりである.

 通常は,まず,①示談交渉を試みる.示談交渉で合意不成立の場合,過失の争いがない場合は②医療ADR(alternative dispute resolution,裁判外紛争解決手続)または調停を試みる.過失の争いがある場合は③調停を試みる.過失の争いの有無にかかわらず,医療ADR や調停で合意不成立の場合,④裁判へ進む.

 ②医療ADR,③調停,④裁判は,示談交渉決裂後に申立てられる場合が多いが, 示談交渉を経ずに突然申立てられる場合もある.

 以下,①示談交渉,②医療ADR,③調停,④裁判の各手続について概説する.

①示談交渉(図11)

 話合いは(1)当事者同士,(2)医療側弁護士と患者,(3)双方弁護士同士の3段階で行われる.過失に争いある場合は,話合いでの解決は困難である

 弁護士に依頼する場合には,昔からの顧問弁護士では医療事件に不慣れな場合があるため,医療事件を扱い慣れている弁護士を探すことが肝要である.医師賠償責任保険会社,各都道府県医師会,および医会は,弁護士の紹介などを含む相談,支援を行っているため,紛争発生の早期から積極的に連携することが望ましい.

②医療ADR(図 12)

 医療ADR は,患者側・医療機関側の代理人経験が豊富な弁護士をそれぞれ仲裁人候補者として選任し,医療行為の過失の有無という責任判定のみに終始することなく, 双方の話合いの中で早期に解決することを目指して,裁判所は関与せず,各地の弁護士会(札幌,仙台,東京,愛知,大阪,京都,岡山,広島,愛媛,福岡)が独自に設置している手続である.示談交渉決裂後に申立てられる場合もあれば,示談交渉を経ずに突然申立てられる場合もある.

 例えば東京三弁護士会の医療ADRでは,一般の仲裁人(弁護士)に加え,患者側の代理人経験が豊富な弁護士1名,医療機関側の代理人経験が豊富な弁護士1名の合計3名の仲裁人(弁護士)が関与する(最近は,一般の仲裁人を除いた2名で行われることも多い).各地の実情に即して第三者の医師による意見を聞く制度を設けている弁護士会もあるが,東京三弁護士会のように医師が関与しない場合も多いため,過失に争いがある事例には不向きである.

③調停(図13)

 調停は,話合いによりお互いが合意することで紛争の解決を図る簡易裁判所での手続であり,一般市民から選ばれた調停委員(医療事件では,調停委員のうち1名は医師が選任される場合が多い)が,裁判官とともに,紛争の解決に当たる.手続が簡単で費用が低額であるなどの特徴がある.

 示談交渉決裂後に申立てられる場合もあれば,示談交渉を経ずに突然申立てられる場合もある.調停を申立てられた場合は,調停出席を拒み話合いにすら応じなかったと,その後の本訴(裁判)で主張される危険があるため,合意成立の見込みはないと考えていても,一旦は出席すべきである.調停委員との話で患者側が理解し合意に至る場合もある.

④裁判(図14)

 事前の話合い(調停,ADR 手続を含む)を経ず,いきなり訴訟が提起されるというケースもあるが,多くは話合いが決裂して,患者側から訴訟が提起される.近年の民事医療訴訟の件数は全国で年間850件程度である.

 裁判では,主張整理,診療経過の整理,争点整理などの手続を経て,当事者(医師・看護師・患者など)の証人尋問が行われ,判断のために専門的知見が必要な場合には鑑定が行われる.

 裁判の終盤では和解が試みられるが,裁判所の提示する和解案は,多くの場合,判決内容を前提としていると考えてよい.

 

2.紛争に付随する手続

 紛争に付随する手続として①カルテ開示,②証拠保全がある.

①カルテ開示(図 15)

 患者からのカルテ開示請求には,原則として応じるべきである.その決定により最も影響を受ける者に決めさせることが法律の原則であり,インフォームド・コンセントと同様に,カルテ開示は患者の自己決定権行使の前提条件である.

②証拠保全(図16,17)

 裁判の基礎となる証拠(カルテ)が医療機関にあり,書き換えられるおそれがあるなどの主張により,患者側が裁判所に申立てを行い,裁判所が証拠保全決定をした場合に行われる.

 保険会社への報告書・院内の検討記録の開示要求に対しては,公開を予定していない純粋な内部資料であるため,開示を拒否してよい.