4.口内炎,がんによる口渇およびがん患者に対する周術期管理

・ 周術期(入院前,手術前,手術中,手術後,退院後のフォローアップ)における歯科口腔領域の健康管理は術後感染症や肺炎などの合併症予防のためには必要不可欠であり,口腔感染の制御や咀嚼や嚥下などの口腔機能の維持・改善をサポートすることで,質の高い周術期管理に貢献できる(図5).

(1)周術期全般における口腔ケア(口腔細菌の制御)の有用性

・ う蝕や歯周病,その他口腔感染症は,バイオフィルム形成※を伴った特殊な病態をとり,これらが血流に混入して,歯原性菌血症の発現や慢性炎症を持続させ,周術期に負の影響を及ぼす.特に,呼吸器系臓器に口腔細菌が侵入し種々の合併症を起こす.
※ 口腔内固相面を足場に,微生物によって膜状に構成される構造体のことで,構成細菌が様々な情報伝達を行いながら生活しコミュニティを形成している.
・ 周術期全般においては,口腔感染症の原因となる口腔バイオフィルム対策として,量的および質的なコントロールを行う.
1 )バイオフィルムの量的コントロール
・ 一般的な口腔細菌数は 1×10 6~8 CFU/mL であるが,1 × 10 8 CFU/mL レベルの口腔内は,口臭を伴い目視においてもかなり不潔で,手術部位感染,人工呼吸器関連肺炎(VAP)などの合併症が生じる頻度も高くなる(図6).

・ 一方,合併症が起きにくい理想的な口腔細菌数とは 1×10 6 CFU/mL 前後と考えられており1),歯科医院で専門的な口腔ケアを受け,う蝕や歯周病が管理された状態に相当する.
・ 舌背は歯の表面に次いで口腔細菌の非常に巨大なリザーバーであり,歯ブラシやフロス・歯間ブラシ,舌ブラシを用いた舌苔の除去が重要である.
・ 1 分ほどで口腔内細菌数を測定できる装置もあり,介護施設や病院などの口腔ケアの現場で量的なコントロールの評価が可能となっている.
2 )バイオフィルムの質的コントロール
・ バイオフィルムを形成している有害な口腔細菌を,口腔粘膜の健康を保つのに有益な口腔常在性レンサ球菌に置き換える.
・ 口腔バイオフィルムの成熟過程(図7)で示すように,歯垢ステージ 3 以降になると,いわゆる歯周病菌(悪玉菌,腐敗菌の類)と呼ばれるグラム陰性の桿菌群が積み重なり,口臭や人工呼吸器関連肺炎などのトラブルの原因となる.
・ 専門的な口腔ケアは,このような有害な成熟したバイオフィルムを破壊・除菌することで,口腔常在性レンサ球菌優位な口腔環境を目指す.

3 )バイオフィルムの制御
・口腔内の直接機械的なバイオフィルムの除去を行う(図8~12,表7).

 

 

(2)各周術期のステージにおける口腔ケア

1 )入院前準備期間
・ 手術や放射線照射,投薬などの支障となる歯や慢性炎症が生じている病巣を事前に治療.
・ 乳癌の骨転移に対する骨吸収抑制薬(ビスホスホネート製剤や抗ランクル抗体)は,フォルクマン管やハバース管骨内を栄養している血管の容積が縮小し,感染や炎症の侵襲を受けると顎骨壊死が生じることがあるので2),投与前には歯科への併診を促し,感染炎症病変・病巣を治療しておく.
・ 手術前の迅速でスクリーニング的な治療を施しておくと,手術中の創部感染や気管挿管時のトラブル,例えば歯の破折や脱臼なども防止できる.
・ さらに時間があれば,手術前には咀嚼機能の回復をしておくことが望ましい.手術に臨む患者が栄養価の高い食品を摂取し低栄養を回避することが可能となる.
2 )術前・術後期間
・ 手術直前,手術直後では,口腔感染症の抑制につとめる.
・ 手術後から回復期においては,咀嚼機能の回復は重要である.奥歯などを失って咀嚼機能が低下し,軟性食品の摂取量が増加する結果,グリセミックロード※が上昇して,食後高血糖やHbA1c の上昇,低タンパク質につながることが報告されており3~5),創傷の治癒にも影響を与える.
※ グリセミックロード…食品ごとの血糖値の上げやすさを示すグリセミックインデックスに,食品に含まれる糖質の割合を掛けた値.実際に摂取する糖質の量が反映されるため,食事による血糖値上昇の実用的な数値といえる.
・ さらに,回復期において口腔機能のリハビリテーションは摂食嚥下リハビリテーションを行うことで,誤嚥防止と口腔機能の維持改善となる.

(3)口内炎対策

・ 口腔粘膜のトラブルには,がん治療(放射線や抗がん薬の影響)による副作用として粘膜炎や,免疫能低下によるカンジダ性口内炎・ヘルペス性口内炎などがみられる.
・ 口腔細菌数の減少および悪玉菌の駆除により,口内炎の治癒時間が短縮されることが知られている.
・ 口内炎の対策としては,
①レーザー照射で口内炎表層を固め刺激を遮断
②軟膏や貼付剤などの頻回塗布(表8
③ 口内炎や粘膜炎の痛みにはアセトアミノフェンなどの消炎鎮痛薬が奏功するが,局所の疼痛緩和処置としてキシロカインなどの局所麻酔薬も効果的である.
④ フラビタンやシナールなどのビタミン剤を概ね 14 日程度処方し,創傷の治癒を促す.

(4)がんによる口渇に対する口腔ケア

・ 放射線治療による唾液分泌障害は口腔乾燥を惹起し,疼痛や咀嚼困難などを引き起こす.
・ 口腔乾燥を訴える患者に対しては,補液や輸液,飲食料などにより水分量の確保に十分注意し,脱水などがあれば早期に対応する.
・ 口腔乾燥への対応として原因療法と対症療法がある.
1 )原因療法
・ 口腔乾燥の原因が明らかで治療が可能であれば(糖尿病,貧血など),治療を行う.
・ 唾液分泌抑制を伴う薬物を使用している場合,薬物の中止もしくは減量が可能ならば中止もしくは減量する.
・ 唾液分泌促進を目的とした薬剤(白虎加人参湯)も有効である.
2 )対症療法
・ 保湿薬や含漱剤を用いた保湿を中心とした口腔ケアを行う.
・ シェーグレン症候群,放射線照射,加齢などが原因で,唾液腺が萎縮したような症例にはセビメリン塩酸塩水和物(サリグレンⓇ)などの唾液分泌改善薬が使用できる.
・ 有用と思われる保湿薬の代表的なものを 表9 に示す.

文献
1) 弘田克彦他.プロフェッショナル・オーラル・ヘルス・ケアを受けた高齢者の咽頭細菌数の変動.日本老年
医学会雑誌.1997,34.125-129.
2) AM Hinson, CW Smith, ER Siegel, BC Stack Jr. Is bisphosphonate-related osteonecrosis of the jaw an
infection? A histological and microbiological ten-year summary. Int J Dent. 2014, 452737.
3) Zhu Y, Hollis JH. Tooth loss and its association with dietary intake and diet quality in American adults. J
Dent 2014; 11(3): 315-319.
4) Chiu CJ,Taylor A.Dietary hyperglycemia, glycemic index and metabolic retinal diseases. Prog Retin Eye Res
2011; 30(1): 18-53.
5) Yoshida A, Watanabe R, Nishimuta M, Hanada N, Miyazaki H. The relationship between dietary intake and
the number of teeth in eldely Japanese subjects. Gerodontology 2005; 22(4): 211-218.