平成11年10月18日放送

 早産児の長期予後

 神戸大学小児科助教授 上谷 良行

 

 本日は在胎37週未満で出生した早産児の長期予後についてということですが、早産児の中でも問題になりますのが特に在胎28週未満の超早産児であります。一般的には在胎期間というより、出生体重で分類して論議する場合が多いようですので、今回は出生体重2500g未満の低出生体重児、特に出生体重1500g未満の極低出生体重児もしくは出生体重が1000g未満の超低出生体重児の長期予後についてお話させていただきます。

 我が国においては、出生数が年々減少して1995年には年間120万人を割り込み、少子高齢化ということで国を挙げて取り組むべき大きな社会問題となっています。ところが、出生体重2500g未満の低出生体重児の出生数は1980年代から横ばいかむしろ増加傾向であり、中でも出生体重1000g未満の超低出生体重児は1980年の1490人から15年後の1995年には2610人と約2倍に増加しています。このように増加してきた低出生体重児がどれくらい救命されているかといいますと、生後28日までの間の新生児期の死亡率は出生体重1000から1500gの児では1980年で20.7%であったものが1995年には5.0%と低下し、ほとんどの症例が救命できる現状があります。500から1000gの児においてさえも1980年には55.3%と約半数が新生児期に死亡していましたが1995年には21.8%と新生児死亡率が大きく低下し、5人のうち4人までが救命できるようになっています。その結果、わが国の新生児死亡率は毎年低下を続けており、1995年には出生1000に対して2.2、1997年にはついに2を割って1.9と世界最低レベルを維持しています。最近では1年間に約120万人が出生しますので新生児期には2300人程度が死亡するに過ぎない状況になっていることになります。その中で、超低出生体重児で死亡するのが約500人ですので、新生児全体の死亡2300人の中では非常に大きな比率を占めることになります。すなわち、超低出生体重児の死亡が日本全体の新生児死亡率を左右しているといっても過言ではなく、超低出生体重児の死亡数の低下によって全体の新生児死亡率の低下がもたらされたとも言えると思います。

 このように新生児死亡率の著しい低下、特に超低出生体重児の救命率の向上をもたらした大きな原因は、ME 機器の進歩などによる新生児管理技術の向上に負うところもありますが、何よりも産科管理の向上であると考えています。さらにそれを効果的に実施できる周産期システムの構築も見逃せない理由であります。このようにして現在では1000gに満たないこどもでさえ、ほぼ救命できる時代になっているのです。

 ではこのようにして助かった小さなこどもたちはどのように大きくなっているのでしょうか。当然のことながらこれら救命された小さな子供達の予後についての関心が近年非常に高まってきました。ところがこれまではそれぞれの施設ごとに児の予後について調査がなされてきたために、症例数も限られており正確なものとは言えませんでした。そこで1990年出生の超低出生体重児の3歳での予後の調査が1993年に実施され、はじめて我が国における現状が明らかになりました。

 この全国調査について少しお話致しますと、1990年に我が国で出生した1000g未満の超低出生体重児2291人のうち1597人、すなわち全出生の70%を把握した大変に信頼性の高い調査であるといえます。この1597人のうち生存退院し、3歳まで追跡できたのは853例でした。この853人について身体発育、脳性麻痺の有無、視力障害・聴力障害・てんかんの有無、呼吸器疾患の有無そして総合的な発達が調査されました。この総合的な発達については何をもって正常の発達とするのかが問題になりましたが、日常社会生活に大きな支障を来たすかどうかに主眼をおいて脳性麻痺・視力障害・精神発達遅滞の3項目で評価することになりました。精神発達遅滞は遠城寺式発達検査を用いて判定しました。

 総合発達評価において正常と判定されたものは853例中640例(75%)、境界は93例(10.9%)、異常は120例(14.1%)となっていました。従って超低出生体重児の4分の3は正常の発達を遂げるという結果でした。これらの判定を在胎週数および出生体重別にみると在胎週数が短ければ短いほど正常と判定される率が低く、出生体重が小さければ小さいほどやはり正常判定率が低いことが明らかになりました。

 脳性麻痺の頻度を見ますと、全体で12%にみられますが、その重症度は様々であり、脳性麻痺と診断された症例の約40%は自立歩行が可能な比較的軽い脳性麻痺であることがわかりました。

 次に視力障害は8.3%で両眼とも失明したものは 2.2%ありました。聴力障害は2.2%、てんかんは4.3%で、在宅酸素療法は3.6%、呼吸器感染症を繰り返す症例は11.1%、喘息は8%にみられ、呼吸器関連の問題点を残している症例が多いことがあきらかになりました。これは特に超低出生体重児はNICU入院中に慢性肺疾患を合併し、長期に人工換気療法を必要とする症例の頻度が高いことに起因しています。この調査から呼吸器合併症のみならず早産児には何らかのサポートの必要な児が多数含まれていることが示されました。

 

【6歳時予後の全国調査成績】

 3歳時予後の全国調査の対象となった児が1996年に6歳になり、小学校入学を迎えることになるので、厚生省心身障害研究班においてこれらの児に対して再度予後調査を実施しました。前回調査対象853例中548例について回答を得ることができました。

 548例が、普通の小学校に入れるのかどうかについて調査しますと、普通学級就学予定が456例(83.2%)、普通の小学校の障害児学級が27例(4.9%)、養護学校が29例(5.7%)、就学猶予が5例(0.9%)という内訳で、大半は普通の小学校に通学することになっていました。6歳時における神経学的予後ですが、脳性麻痺の頻度としては13.5%で、3歳時の12%とほとんど変化はありませんでした。知能発達については、6歳になるといわゆる知能指数を算出できる知能検査を実施することができるようになりますので、より客観的な評価が可能になります。今回はWISC-Rという世界的に広く用いられている知能発達検査法を採用しました。結果をみますと、正常421例(76.8%)、脳性麻痺と精神遅滞の合併42例(7.7%)、脳性麻痺単独32例(5.8%)、精神遅滞単独53例(9.7%)ということでありました。従って、精神遅滞児の頻度は3歳時では13.5%であったものが6歳時には17.5%に増加し、境界と判定されたものは3歳では9.6%でしたが、6歳では18.2%と同じく増加していました。3歳と6歳では精神遅滞の判定を全く異なった基準を用いて行っています。今回用いた3歳における精神発達遅滞の診断基準ではまだ十分とは言い難く、最低限小学校就学までフォローアップする必要性が示されました。また、注意欠陥・多動障害と診断された児も8.3%あり、この点で就学後のフォローアップも重要と考えられました。

 視力障害についてですが、両眼とも失明した児の頻度は3歳と同じく2.2%でしたが、弱視と診断された児の頻度が3歳の4.9%から6歳では12.6%へ著しく増加しています。これは6歳になって視力検査が正確に行えるようになったことが大きな原因ですが、眼鏡を必要とする児が多く見られるようです。聴力障害も1.6%から2.0%、てんかんの頻度も4.2%から5.8%と若干増えていますが、統計学的には有意な増加ではありませんでした。3歳に多く見られていた呼吸器疾患については、反復性の呼吸器感染症が10.9%から4.0%と有意に減少し、在宅酸素療法を実施していた症例も3.8%から0へと減少しました。喘息の頻度も9.1%から7.5%へと若干減少傾向がありました。従って、呼吸器疾患については3歳から6歳で大いに軽快することが解りました。

 このように縦断的に見てまいりますと3歳、6歳と変化してゆくため、いつまで児を評価し続ける必要があるか、全く解りません。事実、我々の施設の成績でも、6歳で健診を受けた児について9歳での発達をみると、精神発達については少し改善する傾向が見られています。従って、超低出生体重児については、できる限り長期に追跡し、その時点で表出する問題点を的確に把握し、それに対する支援を行っていくことが最も重要なことではないかと考えています。

 

【1995年出生3歳時予後の全国調査】

 1990年出生の超低出生体重児の3歳時予後について先程述べましたが、昨年に1995年出生の超低出生体重児の3歳時予後の全国調査が前回と同様の形式で再度実施され、現在最終集計が行われています。中間集計の結果を見てまいりますと総合発達評価では正常判定の率が前回に比べてやや低下し、脳性麻痺の頻度が残念ながらやや増加しているようです。結論を出すのは最終集計が終ってからになりますが、十分に検討しなければならない問題であると思います。また、前回の調査でも指摘されたことですが、早産児を多数扱っており、NICUが独立看護単位として稼働している規模の大きな施設における児の予後は規模の小さな施設での児の予後に比べて良好であることが明らかにされています。このことは今後の周産期医療体制を考えていく上で極めて重要な点であり、現在厚生省が進めている総合周産期母子医療センターの設置、地域における周産期医療システムのより一層の推進の必要性を裏付ける成績であると思われます。

 

【学童期以降の長期予後】

 さて、小学校入学以後の問題として、一般的な知能のレベルは正常であるものの計算だけができなかったり、字を書くことだけができないいわゆる学習障害の頻度が高くなると言われていますが、詳細については未だ不明であります。

 

 今回の超低出生体重児の就学前の全国調査においても養護学校や障害児学級に就学予定の児の比率は8.6%あり、就学猶予の児を加えると約10%の児が普通学級への入学ができず、特殊な教育を必要とすると考えられます。諸外国の報告を見ても米国のHack らは出生体重750g未満の児の45%、750から1500gの児の25%が特殊教育を受けていると言っています。またオランダのHilleらの報告でも32週未満の児の19%が9歳で特殊教育を受けています。ただ、普通学級に通っている児のなかでも書字困難や計算困難な児が含まれていることがあり、このような学習障害のリスクの高い児を早期に見い出して、適切な指導や教育を実施するシステムを確立する必要があると考えられます。

 また、これまで超低出生体重児の長期予後の重要性が指摘されてきましたが、その評価については常に客観的なものばかりでした。しかし、ようやく超低出生体重児が自分自身を主観的にどのように評価しているかを調査した結果がSaigalらによって報告されました。それによると客観的に評価した健康状態では超低出生体重児は対照にくらべて劣っているものの、主観的な評価では自分自身をほぼ健康と考えている頻度が超低出生体重児群で71%、対照のティーンエージャーで73%と差がなく、健康という側面から見たquality of lifeには自分自身でほぼ満足していることが明かになりました。また、別の報告では我々医療専門家の方がQOLに関して本人自身やその両親が考えているよりも低く評価していることが述べられています。この結果は周産期医療に携わってきた我々にとって非常に勇気づけられることでありますが、これに満足することなく、超低出生体重児を含めて早産児が大きくなって、より充実した生活が送れるように周産期から一貫した医療と、それをサポートする福祉が展開されるようにあらゆる職種が努力しなければならないと思います。