平成14年1月21日放送
 婦人科医療におけるインフォームド・コンセント(1)排卵誘発
 日本産婦人科医会医事紛争対策委員会委員 久保田 俊郎

 近年不妊治療は格段の進歩をとげており、排卵障害に対する排卵誘発法はもとより、体外受精・胚移植法など高度生殖医療技術も応用できるようになりました。それに伴い各種排卵誘発法が広く施行されておりますが、排卵誘発剤投与周期では、ほとんどの例で複数の卵胞が発育し、特にゴナドトロピン製剤による排卵誘発の際には、種々の重篤な副作用の発生する可能性が高く、インフォームド・コンセントを取得する重要性はますます増加しております。本日は、排卵誘発剤を使用する際の注意点や起こりうる副作用を挙げ、それに対するインフォームド・コンセントにつきまして、簡便に述べたいと思います。

 まず、排卵誘発剤の種類と排卵誘発法について説明します。希発月経、無排卵性周期症、第1度無月経などには、経口剤であるクエン酸クロミフェンが第1選択となります。クロミフェンは弱いエストロゲン製剤で、視床下部に作用して、内因性GnRHの分泌を促進することにより排卵を誘発し、高い排卵率と比較的少ない副作用発生率が特徴的であります。次に、クロミフェン無効の無排卵性周期症や第1度無月経、および第2度無月経の症例には、ゴナドトロピン療法が適応となります。

 Human menopausal gonadotropin (以下hMGと略す)は、閉経後婦人尿から抽出・精製されたもので、FSH活性を有し、LHを相当量含むヒュメゴン、パーゴナルや、LHをほとんど含まないフェルチノームP、hMG日研などが使用されております。またHuman chorinoc gonadotropin (以下hCGと略)は、LH作用製剤であり卵胞成熟時にLHサージ誘発の目的で使用されます。この療法ではhMGに対する反応は個人差が大きく、この点をよく考慮しながらその投与量を個別化して決定し、副作用を回避する必要があります。その副作用の発生については、hCG切り替え時点での卵胞の発育状態が鍵を握っており、慎重な卵胞発育のモニタリングが副作用を防止することになります。

 一方、年々盛んとなっております体外受精胚移植においても、各種排卵誘発法が利用されております。この場合には、GnRHアゴニスト投与により下垂体前葉を脱感作しながらhMGを投与する方法が一般的であり、卵胞発育のモニタリングはhMG単独刺激法に準じ、hCG投与約36時間後に採卵を行います。

 ここで、排卵誘発剤使用時の副作用について述べたいと思います。卵巣過剰刺激症候群(以下OHSSと略す)は、排卵誘発剤の投与によって起きる医原性疾患であります。主としてhMG-hCG療法によって起こる重大な副作用でありますが、まれにクロミフェン服用時にも発生することがあります。今日の生殖補助医療ではOHSSの発症頻度は高くなっており、日本産科婦人科学会の1999年の報告では、そのうち入院管理を要した頻度は、ゴナドトロピン製剤による排卵誘発周期では2.7%、IVF-ET周期では10.5%でありました。症状は卵巣の腫大と血管透過性の亢進であり、その結果腹水や胸水の貯留が起こり、血管内水分が減少して血液が濃縮します。最重症例では、血液凝固能亢進と血栓塞栓症、腎不全、肝障害、心・肺機能障害などにより多臓器不全となり、致命的な状態に陥ります。このような重篤な合併症を防止するためには、排卵誘発時の十分な監視と適切な処置を早急に行う必要があります。

 治療につきましては、軽症・中等症ではヘマトクリット値と尿量をみて輸液を行い、安静臥床を指示します。5%ブドウ糖と等張電解質液の輸液を交互に行い、重症例では代用血漿剤やアルブミンを併用して、Htが40%をやや上回る程度に維持します。重症OHSS例では、低用量ドーパミンの持続点滴と水分摂取量を制限する治療法の有効性が、近年報告されております。全身状態の悪化が進んだ場合は、緊急処置として腹水や胸水を除去することもあります。

 次に、排卵誘発剤使用時のもう一つの重要な副作用である多胎妊娠に関しましては、その数は最近20年間に約4倍増加しており、排卵誘発剤の導入や体外受精胚移植療法の増加が、大きく影響していると考えられます。クロミフェン周期では、多胎発生率が日本人では4.5%と低値で、そのうち双胎が96%、三胎が4%と報告されております。一方hMG- hCG療法では、多胎率は21.1%と高く、そのうち双胎が67.6%、三胎が18.3%、四胎以上が14.1%と報告されております。特にIVF-ETの普及とともに多胎妊娠発生率の上昇は顕著となっており、現在胚移植数の再検討がなされています。多胎妊娠では、妊娠合併症が増加し妊娠中毒症も約1/4に発生しており、児の側では、出生時体重の低下と児の形態異常の増加、新生児・乳児死亡数の増加、生存児における後障害の増加などが報告されております。その他の排卵誘発剤使用時の副作用としては、流産の増加も報告されております。

 それでは、このような副作用を防止するには、どうしたらいいでしょうか。そのためには、排卵誘発剤使用中の適切なモニタリングが重要となって参ります。排卵誘発を行う際には、卵胞の発育を何らかの方法でモニタリングすることより、hCGへの切り替え時期を的確に判断する必要があります。その方法としては、まず血中エストラジオール測定があり、hCG切り替え時期の血中E2測定は、多胎妊娠やOHSSを予防するうえでも重要であります。また経腟超音波断層検査も有効であり、hMG投与開始前に、そしてhMG投与後は来院のたびにこの方法で卵胞発育を観察し、主席卵胞径が18mm以上ならばhCGへの切り替えとします。但し保健診療上では、排卵誘発1周期で超音波断層検査は3回までしか認められておりませんのでご注意下さい。その他従来から用いられております頸管粘液検査も、hCG切り替えの有効な手段となります。

 ここで、排卵誘発剤使用時のインフォームド・コンセント取得上の注意点について述べたいと思います。排卵誘発剤を使用する際のチェックポイントを挙げてみますと、

1) なぜ排卵誘発を行うかを、本人と配偶者に説明すること。

2) どのような排卵誘発剤を用い、どのような方法で排卵誘発を行うかを説明すること。

3) 施行する排卵誘発により起こる可能性のある副作用とリスク、そしてその対策について説明すること。

4) ゴナドトロピン療法を受ける患者には、OHSSが発症する可能性があるため、その症状を詳細に説明し、来院のタイミングなどを徹底すること。

5) 卵胞発育のモニタリングの方法ついて説明し、この方法による適切な治療の進め方と副作用の防止法について理解を求めること、などであります。

以上の点を丁寧に分かりやすく説明し、患者さんの同意を得ることが重要となります。

 生殖医療技術の進歩により不妊治療は著しく普及しましたが、一方では排卵誘発剤、特にゴナドトロピン製剤の使用頻度の増加により、その副作用であるOHSSや多胎妊娠の発生が大きな社会問題になっております。これらを防ぐためには、使用する排卵誘発剤や排卵誘発法、そして排卵誘発中の各種モニタリング法を熟知するとともに、本日述べましたインフォームド・コンセントの取得や、副作用発生時の迅速な対応が不可欠であると思われます。