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口唇・口蓋裂

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名古屋市立大学大学院医学研究科生殖遺伝医学講座生殖発生医学分野
種 村 光 代


口唇・口蓋裂とは

 口唇・口蓋裂は日本ではおよそ500−700人にひとりの頻度で出現する先天異常です。日本産婦人科医会と横浜市立大国際先天異常モニタリングセンターの調査では、心室中隔欠損についで出生数の多い先天異常であることが報告されています。また、日本人を含む黄色人種では比較的頻度が高いことも知られています。
 口唇裂は上唇が、口蓋裂は上顎が離開し披裂を生じて出生する病気ですが、口唇裂だけのこともあれば口蓋裂だけのこともあり、また両方一緒におこる口唇口蓋裂も少なくありません。また、口唇裂、口蓋裂ともに不完全型と完全型、片側性の場合と両側性の場合があります。
 さまざまな染色体異常やその他の先天異常を合併する場合も稀ではありませんが、合併奇形のない口唇口蓋裂は多因子遺伝によると考えられ、遺伝的要因だけでなく種々の環境要因が関与しています。近親者では再発率が高くなるとともに、環境因子として妊娠中のアルコールやたばこ、フェニトイン、ダイオキシンなどが報告されています。
 授乳の困難さ、外科的矯正の必要性、審美的な問題、言語障害や歯列・咬合の問題、滲出性中耳炎の発生しやすさなどから定期的な通院や経過観察、専門スタッフによる指導やトレーニング、早期療育が不可欠です。しかし、口唇・口蓋裂の治療は現在では大変進歩しています。また、家族の会や社会保障の制度なども整備されてきています。合併奇形の有無や障害の程度などによって、そして子供さんひとりひとりで治療の方法や手術の時期は異なります。成長・発達にあわせて適切な時期に適切な治療を行う必要がありますから、患者さんご本人はもちろん、ご家族の理解と協力が必要です。ご両親への情報提供も含めると、口唇・口蓋裂の総合的な診療やケアのスタートは新生児期からのみならず、出生前においても可能となってきています。

口唇・口蓋裂の出生前診断

 妊娠中、つまり出生前に胎児の口唇・口蓋裂が診断される場合には二通りあるでしょう。一つは通常の妊婦健診の超音波検査によって偶然発見される場合、もう一つは口唇・口蓋裂を心配されるご両親のために計画的に超音波検査を施行した結果として発見される場合です。
 最近の超音波検査機器のめざましい進歩により、胎児の描出能は随分向上していますが、出生前に口唇・口蓋裂がみつからないことも少なくありません。高性能な超音波機能を利用すると胎児の疾患が正確に診断できるメリットもありますが、見つけるつもりがなくても胎児の微細な形態異常が発見されてしまう場合があります。また、誰がみてもわかりやすいということは、となりで一緒に観察しているご両親の目にとまる可能性も出てきました。そのような事態に備え、超音波検査の実施にあたっては提供できる情報の内容や検査の限界について説明し、ご両親がどこまでの情報提供を希望しているのかなど、事前に十分に話し合うことも必要です。

1)口唇・口蓋裂と超音波スクリーニング

 胎児の口唇・口蓋裂は、胎児の発育遅延や羊水量の異常などがきっかけで発見されることもありますが、通常の妊婦健診の一環として行われる超音波スクリーニングの結果である場合も少なくありません。このような家族歴のない孤発例では、合併する染色体異常や先天異常の検索も考慮する必要があります。いすれにしても、先天異常が見つかる可能性など事前の説明は十分なされていないケースが大半ですから、まずは告知の在り方やご両親の精神的ケアが課題となります。
 検査結果の説明については、本来はご夫婦そろって受けて頂くことが望ましいでしょう。ご両親の驚きや嘆き、悲しみなどを考えると、他の妊婦さん達の診察時間とは別に十分な時間を取ることが必要ですし、他の医療スタッフや遺伝カウンセラーが同席できれば、より十分な心理的サポートが可能でしょう。多くのご両親は、出生前に知らされてしまったことを初めは嘆きます。「産まれてくるまで不安なだけ」と訴え、「そんな赤ちゃんはいらない」と児の受け入れを拒否する場合すらあるでしょう。しかし、口唇・口蓋裂について十分な情報提供を繰り返して、形成外科的な治療により殆ど日常生活上のハンディキャップにはならないことが徐々に理解されると、前向きな気持ちが生まれます。口唇・口蓋裂はあるけれども胎児の発育が順調であることや元気であることなどを説明してあげることも重要です。そして、時間の経過とともに「出生までに考える時間の猶予ができた」「赤ちゃんの誕生を素直に喜べた」と児の受容の段階にすすんでゆきます。口唇・口蓋裂の診療、ケアに習熟した医師によるカウンセリングが可能な場合には妊娠中からかかわってもらうことも考慮しましょう。
 合併症の有無などについて確定診断を下すことが難しい場合には、出生までの間妊婦が不安な日々を過ごさなければならないこともあります。ご両親の気持ちを配慮しながら、胎児の超音波精密検査や新生児科医、口唇・口蓋裂の専門医への問い合わせなどを検討してゆきます。様々なケースを想定した上で、母子ともに適切なケアを受けられる施設で分娩することが望まれます。

2)口唇・口蓋裂について心配されるご両親に

 ご両親や上のお子さん達、あるいは親族に口唇・口蓋裂の患者さんがいる場合には、赤ちゃんにも再発する可能性が一般の妊婦さんよりやや高くなります。ただし、単独の口蓋裂の遺伝的発生機序は口唇裂あるいは口唇口蓋裂とは異なると考えられています。また、何らかの症候群に合併する場合には、その疾患の遺伝的再発頻度について検討しなくてはなりません。さらに、結果が出てからその対応に迷ったり心理的葛藤に苦しんだりすることのないように、超音波検査を受ける前に十分な遺伝カウンセリングが提供されるべきでしょう。
 このようなケースの場合にはご両親の不安ははかりしれませんが、超音波検査によって胎児の口唇・口蓋裂が否定されたとしても、すべての先天性の疾患を調べ尽くすことはできません。妊娠をする、あるいはこどもを持つと言うことは様々な可能性を受け入れるということであり、よくご夫婦で話し合っていただくことが大切です。赤ちゃんの生命に影響しない軽微な障害であるならば告知しない、という選択肢も提供されるべきでしょう。
 実際の超音波検査にあたっては、口唇裂については通常の超音波検査で診断可能なケースが多いでしょう。胎児の上唇を観察するとともに鼻孔に左右差がないかどうか、横顔を観察して鼻稜に不自然さがないかなどに注意します。なお、口蓋裂については胎児の頭部の横断面や前額断面を観察します。舌よりもやや上方の横断面で上顎を観察すると診断が可能な場合があります。しかし、軟口蓋裂や口唇裂を伴わない単独の口蓋裂の場合には、たとえ3次元超音波検査を導入しても出生前診断が困難な場合が少なくありません。このような検査の限界についても十分に事前に理解を促す必要があるでしょう。

口唇・口蓋裂をもった赤ちゃんの出生

 もともと、通常の妊婦健診で実施される超音波検査は赤ちゃんの先天異常を見つけることが第一の目的ではありません。あるいは、胎児の向きや羊水量の問題で十分な観察が出来ない場合もあるでしょう。なかには、出生前に赤ちゃんの病気については知りたくないというご両親も存在しますから、重篤でない先天異常を出生前に発見して告知するかどうかは今後も倫理的に十分に検討されなくてはなりません。
 出生後に赤ちゃんの口唇・口蓋裂をご両親に説明しなくてはならないケースは多々あります。しかし、その多くは医療従事者側にも心の準備がないため、ついあわてて先天異常とか障害児という言葉を口にしてしまいがちです。多くのご両親はこれらの言葉にあとあとまで大変傷ついています。出生した赤ちゃんに口唇・口蓋裂を見つけた場合であっても、まずは最初に無事出産されたお母さんへのねぎらいの言葉をかけ、赤ちゃんが元気であることを祝福しましょう。そして、口唇・口蓋裂について説明する際には言葉の選択に注意をしてください。妊娠のごく初期の胎児はみな唇や口蓋が離開しています。何らかの原因でうまく癒合しないまま成長してうまれてくると口唇・口蓋裂になります。本来癒合するはずだった部分の癒合がうまく行かなかったのですから、口唇が裂けているとか穴があいているなどの説明は正確ではなく避けられるべきです。また、お母さんの身体的・精神的な状態にもよりますが、赤ちゃんに会わせないようにすることも望ましくないでしょう。立ち会い分娩でご両親がそろっているならば、出産直後から面会していただき早期から児の受容を開始してゆくことが診療のスタートです。しかし、産褥期はただでさえ精神的にも不安定です。そこへ突然の口唇・口蓋裂の告知であれば驚きや悲しみ、絶望感に襲われるのは当然です。家族との面会の機会を増やしたり、医師だけでなく助産師や看護師が積極的な言葉かけや訪室を心がけ、母体の心理的変化によく注意を払いましょう。
 さて、口唇・口蓋裂の赤ちゃんの出生後の診察は慎重を要します。口唇裂、口唇口蓋裂の約30%が何らかの症候群に伴うもので、症候群は200以上存在するとも言われています。まずは合併する異常がないかどうかをよく観察して下さい。とくに、心奇形のなかには出生直後の状態が良好で心雑音が聴取されないケースであっても、数時間後にチアノーゼが出現して急変することがあります。モニターなどを装着して全身状態の観察を続けながら、可能な限り早期に小児科医や新生児科医への診察依頼が必要でしょう。また、合併する異常がなくても哺乳障害をきたす場合が少なくありませんから、口唇・口蓋裂を専門とする口腔外科や小児外科、形成外科へのコンサルトも始めましょう。