(日本産婦人科医会報_平成14年11月号より)
白血病などの難治性血液疾患に対する治療法として臍帯血移植が注目されている。本邦では1999年に厚労省の財政的支援により、非営利組織の「日本さい帯血バンクネットワーク(会長:斉藤英彦国立名古屋病院院長)」が設置され、これまでに多くの母親の無償の善意と全国の産婦人科医の協力によって、1万本以上の臍帯血がバンクに保存されている。移植を希望するすべての患者に公平かつ適正に移植医療を提供するためには、社会が相互に助け合うという理念に基づいて運営される公的臍帯血バンクの役割は極めて重要である。
ところが最近、出生した子供の将来の病気の可能性に備えて、個人の臍帯血を有償で保存する民間企業が営業を開始し、問題となっている。臍帯血の私的保存を行っている会社は現在数社あり、育児雑誌などに広告を出している。
臍帯血1本を12万円から30万円で10年間程度保存するといった条件である。これに対して日本造血細胞移植学会は「品質管理に疑問がある」とした声明を出し、日本臍帯血バンクネットワークは、会長と中林正雄副委員長(愛育病院院長)が「臍帯血の私的保存に関する警告文」について記者会見を行い、下記の内容を広く社会にアピールした。
- 凍結保存した臍帯血を将来白血病などの治療のために移植するためには十分な細胞数が必要であり、臍帯血は厳重な管理下で無菌的に採取され、徹底した衛生管理下で保存されなければならず、私的保存は品質管理に問題がある。
- 私的に保存した臍帯血を本人の移植に使う可能性は殆どないこと。何故ならば白血病の発生率は10万人に数人で、そのうち移植が必要な患者は10万人に1人程度である。
- 移植を受けるときは患者の免疫力が低下しているので細菌感染は致死的となる。そのため品質管理が保証されていない臍帯血を医師が移植に使うことはない。つまり私的に保存された臍帯血は現状では実際に使われることはない。
- 日本さい帯血バンクネットワークの臍帯血保存数は着実に増加しており、臍帯血移植では白血球のHLAタイプが一部異なっていても移植が行えるため、移植が必要なときは十分に対応が可能である。
このような事態を受けて厚労省は血液専門家および日本医師会に対して「さい帯血移植の安全性の確保について」 を出し、公的バンクと同等の安全性基準に則って、安全・ 有効に実施することの周知徹底を指示したところである。最近はアニバーサリー感覚で臍帯血を有償保存する母親も多いが、臍帯血が営利目的に利用されたり、善意の臍帯血バンクの本来の意味が失なわれることがないようにしたい。われわれ産婦人科医は多くの母親の善意を社会に伝え、役立てるために臍帯血採取に協力し、公的臍帯血バンクを支援しているものである。臍帯血の私的保存については、その実状と背景を十分に理解し、単なる営利に利用されることのないよう慎重な対応が求められる。