11.英借文は通用しない:クロスチェックシステムとパラフレージング
繰り返し書いているが、筆者は英語が得意ではない。しかし、英語で書かないと科学の世界では(科学に限らないが)世界に情報発信ができない。日本語の論文やブログを書いて、その内容を誰かが翻訳してくれるのを待っていてもいつまでも(多分永久に)英語にはならない。そこで、なんとか慣れない英語で頑張るしかないのである。ここで念頭に置くべきなのは、新たな科学(医学上)の知見を発信し、その内容に独自性のある考察を行うには自らの言葉で発信しなければならないという大原則である。世の中にはこの言い回しをまとめれば論文レポートが書けるといった安易な本やネット情報が満ち溢れているが、これは嘘である。ビジネス文書―すなわち、学会案内,履歴書(CV),講演依頼,抗体や細胞,プラスミドの分与願い,共同研究の申し入れ、論文投稿のカバーレターなどは雛形があるのでこれをもとに書くことは問題ない。というか、逆にここで、オリジナリテイを発揮すると、先方には何のことかわからないので目的が達成できない。しかし、論文は別である。臨床論文でも基礎論文でも今までに知られていることに何か新たな知見を加えないとこれを世に出す意味がない。したがって、読者にわかるように気を付けながら新たな知見とその意義を納得してもらう必要がある。どうしたらよいか?
英語の再勉強法
1 まず、英語の文法を「5文型」を中心にもう一度復習する。高度の英語は不要なので、中学高校レベルの文法書(例文付き)を読み直す。受験するわけではないので当直の晩や実験の待ち時間にあまりプレッシャーなく読めるはずである。これにより、①最低限正しい(理解してもらえる)文が書ける、②ヴァリエーションに富んだ文が書ける、③洗練された文が書けるようになる。という段階を踏むうえで最初の一歩になるのである。文学的表現や複雑な時制等は科学論文では必要ない。
2 ひたすら、英語の論文や本を読む。この言い回しを借りようとか、引用できるところを探すといったせこい目的でなく、易しすぎず難しすぎない本を只管読み続ける。1万ページを(200ページの本50冊あるいは10ページの論文1000本)をこえるころには読書速度が上がるとともに英語のリズムや著者のスタイルや文体が分ってくるはずである。
3 英語で論文を書いたら、Nativeの校閲者に見てもらう。これだけ頑張ってもやはり、非Nativeには限界があるので英語の得意な人(自称得意な人でなく、アカデミックライテイングの教育を受けた同僚, いなければ専門の校閲者)に見てもらう。 大事なことは、ここで他の論文のパラグラフをそのまま持ってきては絶対にいけないということである。なぜならば、すでに論文になっている文章はそれなりに文法的に正しいことが多く、校閲者が直すことができない。従ってそのまま、レフェリーにまわりさらに出版されることがあるからである。
盗用検出システム
CrossCheckというのは 論文出版の世界で最も普及している剽窃検出ソフトウエアの商品名である。他にもiThenticateといったソフトがある。医学研究で20世紀末から21世紀にかけて、もっとも目覚ましい発展を遂げたのは分子生物学であるが、DNAのホモロジー検索というのはゲノム研究でも筆者が専門とする病原体の解析でも基本的な方法論である。世の中には頭の良い人がいて、このホモロジー検索を学術論文でやってみたら、出るわ出るわコピペ花盛りであった。科学の世界で盗用・剽窃が犯罪であるということは常識ではあったが、その常識を欠く人が多かったのである。これを看過すると出版社や出版に関わる学会に傷がつく。そこで、多くの出版社がCrossCheckに代表される盗用検索ツールを導入するようになった。どうしても同じテーマで同じ人間が書くので20%くらいまでは似てしまうことがあるが、全体で30%を越えたり、文章をそのまま一文持ってきたり特定の論文のみから引用したりする場合はアウトである。特に引用元の論文を明記していない場合は、悪質な盗用とみなされる。他人の文章や考えをクレジットを明記せずに自分のものとして発表することは当然許されないが、自分自身あるいは同一研究グループの過去の論文等の利用も「自己剽窃」として不正行為に含まれる。対象と方法などは同じ方法論を使う限り、類似は避けられないが、同じ患者群や実験データを小分けにして出すと、これはサラミ論文といってまた別の問題になる。いずれにせよ医学者としての名誉にかかわってくるので面倒でも毎回新たに書くこと。
盗用の疑義を受けないために
1英語が母語であってもなくても、論文執筆に際しては必ず自分の書ける文章で書く。
(特に名文や美文で書こうと思わない)
2参照文献の内容を十分理解したうえで、自分の言葉に言い換える
これをパラフレージングという。他の論文の内容を頭になかで整理してわかりやすく(自分のコントロールできる表現に)書き直すのが論文英語修行の上できわめて重要である。
3直接引用する場合は引用符を付けて一字一句変えないことが原則だが、医史学など文系にまたがる領域以外では科学論文ではほとんどその機会はない。
4他からの引用を明らかにすることで、自分のオリジナルなデータやアイデアが際立つ。
5読者やEditorが評価するのは英語ではなくて医学研究内容自体なので、これをいかに上手に伝えることを最優先すること。