12.オープンアクセス論文と投稿料

論文を投稿するには、投稿先を決めなければならない。そのためには投稿規定と,同じ雑誌に過去に掲載された論文を詳細に読む必要がある。投稿規定には原稿の書き方や参考文献、図表の書き方といった項目と同時に、投稿料の有無や金額を必ず確認する。なぜか。情報を発信するにはコストが発生する.多くの書籍や雑誌は購読者がこれを負担するが,著者が負担するのが自費出版である.出版には多額の費用がかかるので,普通は売れる(買ってもらえる)ものしか出すことができないが,著者に経済的余裕があって,なおかつ自分の活動を知らしめたいという強い意志があれば自費出版が成立する.当然ながら内容は玉石混淆(殆どが石)であり著者の自己満足にすぎないことが多い.これが趣味の「句集」や「詩集」「自分史.医師会史」などであれば実害は少ないが,科学の世界とくに人の生命に関わる医科学の世界では話は別である.

オープンアクセスジャーナルopen access journalという言葉を最近よく耳にする.これが学術論文の自費出版で,科学論文がオンライン上で無料かつ制約無しで誰にも閲覧可能な状態に置かれているものをいう。多くの科学雑誌は,PubMedなどで読める抄録以外の本文や図表は,論文の購読者や学会員以外は有料である。大学や病院でアクセスすると,タダなのは所属機関が契約してくれているからである.一定期間(多くは1年間)をすぎると,無償で全文が読めるようになるが,新しい発見を追いかけている場合1年のタイムラグは致命的である.一方では,まだ無名に近い研究者が自分の名前や業績を早く売り出したい場合やベテラン研究者でも研究費が余って,年度内に使わなければならない(うらやましい!)場合には投稿料を払って掲載してもらうことになる.
雑誌によって掲載料はまちまちだが,最近よく目にするPlos Oneは13,500米ドル(15−16万円)であるが、年間約20000本の論文が出ている。一方,インパクトファクターはインフレ気味で,2017 年は2.77 と産婦人科領域の主要な雑誌よりも低くなっており,あまり魅力はない.Scientific Reportsも4年間で5.57から4.12 と低下して来ているが,Nature Communicationsは12点と高値を維持しており,70万円の投稿料を払うかどうか頭の痛い所である.2018 年末現在,オープンアクセス雑誌の過半数はPLOS,BioMedCentral,Hindawiの三社が出しているが、合計で6万本を越える.電子ジャーナルでは紙媒体が無くなったために物理的なたがが外れ,出版論文数が増えるが引用される論文は一定なのでIFが下がる傾向にある.
オープンアクセスジャーナルの最大の問題は査読が甘くなることである.出版社としては,多少問題があっても,多くの論文を載せた方が収入増加を見込めるためレフェリーの厳しいコメントが寄せられてもアクセプトの方向に持ってゆく傾向にある.実際,意図的に明らかに誤りのある論文を複数の雑誌に投稿したところ、半数以上でアクセプトされたという実験論文がある。(かなり人が悪いが)http://science.sciencemag.org/content/342/6154/60

 さて,読者の方々で、たとえ共著でもどこかの英文雑誌に論文を1本でも通すと、原稿依頼が次々に来るのに驚いた方も多いであろう。ここで、「僕も有名になったなあ」とやに下がってはいけない。たいていの雑誌は有名雑誌の名を一部変えた紛らわしいインチキ雑誌で、出版元や事務局はたいていアジアの某大国である。読者諸姉処諸兄が執筆された論文のキーワードを自動的に抽出し、執筆者に依頼メイルが届くようになっているのである。ちなみに筆者が「絨毛細胞と歯周病菌」という論文を出した後の数か月、耳鼻科や歯科口腔外科のどこかで聞いたことのあるような雑誌から多数の依頼が届いた。万一騙されて投稿すると、殆ど査読課程を経ずにアクセプトが来るが、同時に法外な掲載料の請求書が来る。投稿前に当該雑誌にインパクトファクターが付いているか、それ以前にPubMedに出ている雑誌かを確認する必要がある。この手の出版社は実態がないことが多く,投稿料を払うと,すぐにアクセプトになる.しかし、単に業績を増やすといった目的でこの手の雑誌に投稿すると,掲載後に追加料金を請求されたり,雑誌が無くなってサイトが閉鎖されたり,「ああいう雑誌に金を払って載せる(つまりちゃんとしたジャーナルに通せない)奴だ」という評価から自分自身の経歴と信用に傷を付けることになる.オープンジャーナルでも大手の科学出版社や大学,学会が運営している場合は安心度が高い。英語では高い投稿料で科学者を騙す出版社?をpredatory publications(ハゲタカ出版社)といって軽蔑されており,ブラックリスト(Beall’ s list https://scholarlyoa.com/publishers/ )もあるので参照されたい.科研費の支払い元である日本学術振興会に問い合わせた所,国としては研究結果を商業雑誌に有料発表することは推奨していないということだった. 産婦人科領域ではまだそれほど多くの事例はないようであるが、最近では国内の出版社も少し大きい科研費をとった研究者を狙い撃ちで有料の原稿依頼を送ることがある。医会でも注意する必要があるであろう。

あくまで,筆者の考えではあるが多くの研究者、それも一流の研究者は情報の発信に多額のコストを払うことは好まないが、情報収集にはある程度のコストがかかることは受容している。また、自分の論文を引用してくれたり、反論してくれるような科学者は、筆者同様個人的には貧乏でも論文を取得するくらいの研究費は得ているか、勤務先で論文を読ませて貰える程度の扱いは受けているはずである。これが筆者の研究室でオープンアクセスジャーナルに投稿を極力避けている理由でもある。(単にケチなだけかもしれないが)