12.敗血症について
敗血症の評価法について
敗血症とは「細菌ないし細菌が産生したトキシン(毒素)が血中に侵入し、全身的な反応、臓器障害などを引き起こしている状態」と定義されていた(Churchill医学事典1989年版)。しかし、現在の考え方は、血液中に細菌がいるかどうかには関係なく、「敗血症=菌血症」ではありません。細菌感染によって全身反応が起こり、これによって重要な臓器の障害が引き起こされることを言います。ここでは敗血症の概念の変遷を紹介し、最後に新しく定められた定義について解説します。
まず、1992年に「敗血症=SIRS+感染」と考えられるようになりました。SIRS (Systemic Inflammatory Response Syndrome; 全身性炎症反応症候群)とは、①侵襲に対して免疫担当細胞から産生された炎症性サイトカイン優位となった状態(高サイトカイン血症)があり、②発熱、頻脈、頻呼吸、白血球増多などの全身的な炎症反応があり、さらに③好中球や凝固系が活性化されている状態があることによって、SIRSの重症化と遷延化が生じ、臓器障害が引き起こされると考えられます(Crit Care Med. 1992;20(6):864-74.)。しかし、風邪を引いたらSIRS、ランニングをしたらSIRSというようにあまりに軽傷例がSIRSに含まれてしまい、感度が過剰に高い反面、非特異的であることが問題となりました。
表1.SIRSの定義(4項目のうち2項目を満たすときにSIRSと診断する)
体温 | 38℃より高い、または、36℃未満 |
---|---|
心拍数 | 90拍/分より高い |
呼吸数 | 20拍/分より高い、またはPaCO2 32Torr未満 |
末梢血白血球数 | 12000/uLより高い、または4000/uL未満あるいは未熟型白血球10%より多い |
そこで2001年に欧米の専門家によって敗血症の定義が「感染に起因する全身症状を伴った症候」と改訂され、診断基準が提示されました。しかし、診断基準の項目数が多く、診断基準のいくつを満たせばいいのかの基準や科学的根拠が示されていなかったためあまり用いられない状況が続きました。
そのような背景の中、欧米の集中治療医学会の専門家がタスクフォースを作って、新たな基準を策定することになり、2016年に敗血症・敗血症性ショックの定義と診断基準が示されました(表2;The Third International Consensus Definitions for Sepsis and Septic Shock. JAMA. 2016; 315(8):801-10.)。
表2.敗血症・敗血症性ショックの定義と診断基準
敗血症 | 敗血症性ショック | |
定義 | 感染に対する異常な宿主生体反応によって起こる生命を脅かすような臓器障害のある状態 | 敗血症の部分集合であり、実質的に死亡率を上昇させる重度の循環・細胞・代謝の異常を呈する状態 |
診断基準 | 感染症が疑われ、SOFAが2点以上増加したもの | 十分な輸液負荷に関わらず、平均同脈圧65mmHg以上を維持するために血管作動薬を必要とし、かつ血清乳酸値が2mmol/Lを超えるもの |
さらに、新基準ではSOFA(Sequential organ failure assessment)スコアが採用されました。SOFAスコアは表3のような項目をスコア化して評価するもので、臓器障害を簡便にスコア化する方法として考案され、死亡リスクとの相関が証明されています。現在ではICUにおける臓器障害のスコアリングシステムとして世界中で広く使われています。SOFAスコアのベースラインから2点以上の増加で、感染症が疑われるものが敗血症と診断されます。しかし、SOFAスコアは評価項目が多いこと、動脈血液ガス検査を含めた血液検査結果や昇圧薬の使用状況などの項目が入るために煩雑であり、また即座に評価できないことなどの問題点が指摘されました。そこで、ICU以外を想定して簡易に評価するためのqSOFA スコアが考案されています(表4)。このqSOFAスコアを用いることでICU以外の感染症が疑われる患者においてSOFAスコアより優れた予測死亡率が臨床研究で示されたことから、この使用が推奨されるようになりました。qSOFAでは3項目のうち2項目を満たす場合に敗血症を疑い、臓器障害の評価を行うことが推奨されています(図1)。
敗血症性ショックについては、従来は「十分な輸液にもかかわらず持続する低血圧を伴う敗血症」と定義されていましたが、「十分な輸液」、「低血圧」の意味が不明確であり、また「実質的に死亡率を上昇させる重度な循環・細胞・代謝の異常」という敗血症性ショックの新定義を診断基準にも反映させる必要があったことから、その具体的な指標についての議論が行われました。その結果、「十分な輸液負荷に関わらず、平均同脈圧65mmHg以上を維持するために血管作動薬を必要とし、かつ血清乳酸値が2mmol/Lを超えるもの」との基準でコンセンサスが得られ、さらに、実際の事例での検証でもその正当性が確認されたことから、この基準が敗血症性ショックの診断のために用いられることになりました。
このような経緯で、今後はSOFAスコアやqSOFAスコアを用いて敗血症および敗血症性ショックが評価されることになります。産科領域においてショックインデックス(Shock Index)が普及してきています。このショックインデックスは、特に多量の出血に対して血圧低下に先行して脈拍が増加することから母体の重症度の評価に活用できると考えられており、産婦人科医は脈拍について計測するようになったと思います。しかし、qSOFAスコアにあるように呼吸数を測定することはまれなことです。バイタルサインとしての基本指標は、意識、血圧、脈拍、呼吸数、体温であり、その評価の重要性を再認識して、その各項目を的確に評価する習慣をつけることが重要であると思っています。
表3.SOFA(Sequential organ failure assessment)スコア
SOFA Score | Score | |||||
---|---|---|---|---|---|---|
0 | 1 | 2 | 3 | 4 | ||
呼吸器 | PaO2/FiO2(mmHg) | ≧400 | <400 | <300 | <200呼吸器補助下 | <100呼吸器補助下 |
凝固系 | 血小板数(×103/mm2) | ≧150 | <150 | <100 | <50 | <20 |
肝臓 | ビリルビン値(mg/dL) | <1.2 | 1.2-1.9 | 2.0-5.9 | 6.0-11.9 | ≧12.0 |
心血管系 | 低血圧 | 平均動脈圧≧70mmHg | 平均動脈圧<70mmHg | ドパミン<5γあるいはドブタミン投与(投与量を問わず) | ドパミン5.1~15あるいはエピネフリン≦0.1γあるいはノルエピネフリン≦0.1γ | ドパミン>15γあるいはエピネフリン>0.1γあるいはノルエピネフリン>0.1γ |
中枢神経系 | Glasgow Coma Scale | 15 | 13~14 | 10~12 | 6~9 | 5以下 |
腎機能 | クレアチニン値(mg/dL) | <1.2 | 1.2~1.9 | 2.0~3.4 | 3.5~4.9 | >5.0 |
表4.Quick SOFA score
1. Glasgow Come Scale 13点未満
2. 収縮期血圧 100mmHg以下
3. 呼吸数 22回/分以上
≪3項目のうち2項目を満たす場合に敗血症を疑い、臓器障害の評価を行うことが推奨される≫
図1.敗血症および敗血症性ショックの診断フローチャート
参考.GCS (Glasgow Coma Scale)の評価法
E(開眼) | V(言語反応) | M(運動反応) |
---|---|---|
E4 自発的に開眼 | V5 時、場所、人が分かる | M6 指示に従う |
E3 呼びかけで開眼 | V4 上記が曖昧 | M5 疼痛部に手を持っていく |
E2 痛み刺激で開眼 | V3 不適当な単語 | M4 逃避行動 |
E1 開眼なし | V2 理解不能な声 | M3 異常屈曲反応 |
V1 声なし | M2 異常伸展反応 | |
M1 反応なし |
3〜15点でスコア化:表現方法の例:GCS7(E2V2M3)
15点:正常、14−13点:軽度、12−9点:中等症、8点以下:重症