16.論文の二次利用と出版倫理
このシリーズも最終回になった。多くの先輩、同僚、後輩から「面白いよ!」とか「ここまで書いて大丈夫?」とか心配していただいたことに厚く御礼申し上げたい。特に若い読者からこのシリーズを読んで、初めて英文論文を書き、レフェリーとの戦いに勝ち抜いて出版に至ったといううれしいお知らせを頂くこともある。心からお祝い申し上げると共に一つだけ注意申し上げるは当該論文を他の雑誌や著書に引用するようなことがあれば、必ず所定の手続きを守っていただきたいということである。
以前にも述べた国際医学編集者会議(International Committee of Medial Journal Editors ICMJE)では二次出版について以下の条件を定めている。
- 著者は、双方の雑誌(一次出版の雑誌と、二次出版を検討している雑誌)の編集者から許可を得なくてはならない。また、二次出版となる方の雑誌編集者は一次出版の論文のコピーか別刷または原稿を入手していること。
- 一次出版から少なくとも1週間以上たっていること。
- 二次出版の論文は一次出版とは異なった読者層を対象としていること。そのため、内容を要約してもよい。
- 一次出版の論文のデータや結論が正確に二次出版の論文に反映されていること。
- 二次出版の論文のtitle pageに脚注として、その論文の内容が全部もしくは一部がすでに出版されていることを明記し、必要な書誌事項を提示すること
- 二次出版の論文のtitleは二次出版だということが、すぐにわかるようなtitleでなければならない。
昔は、とりあえず、日本語で書いておいて詳しい結果が出たら英文雑誌とか、日本語と英語は読者が違うので問題ないとかいう話がまことしやかに言われていたが、これは誤りである。最低限、前に出した出版物を引用するかこれを出版してよいかどうかを編集者に問い合わせて確認をとらないと重複出版、あるいはサラミ論文の誹りを受ける可能性がある。私事ながら、筆者がなぜこのような事例に詳しいかというと、決して得意ではない英文雑誌の編集業を通して多くの論文不正に遭遇してきたからである。医者になって最初の15年こそ 臨床と研究に専念させていただいたが、過去20年は 恩師佐藤和雄教授の御推挙により坂元秀樹先生の後任として日本産科婦人科学会の幹事やJOGR誌の編集委員を務め、併せて親友Gil Mor博士がEICだったAmerican Journal of Reproductive Immunology副編集長、さらに日本感染症学会雑誌英文誌(Journal of Infection and Chemotherapy)と日本臨床免疫学会英文誌(Immunlogical Medicine)の創刊に関わってきた。この20年を振り返って思うのは、出版倫理に関する世間の目がどんどん厳しくなっていることである。科学の世界にける犯罪である「捏造、改竄、盗用(ネカト)」がいけないことやガイドラインの順守やIRB取得などは当然であるが、他人の実験データによる学位取得、ゲストオーサーシップや連絡先著者(コレス)の役割、利益相反の明記など 、以前は「医局の習慣」で済まされたていた行為が科学不正(ミスコンダクト)として厳しく指摘され、場合によると科学者としての地位を失う。2016年のNatureの指摘にあるように過去30年つまり平成の期間、医学を含む日本の科学論文は減少の一途を辿っている。プラザ合意後のバブル経済の破綻と低成長、東西冷戦の終結、AIや遺伝子研究などソフトウエア領域での研究の立ち遅れ、ゆとり教育による若人の知的退廃、特に研究に携わる若手人口減少、国立大学独立法人化と新研修医制度、学位取得よりも専門医取得を優先する風潮など多くの要因が関与している。しかし、我が国よりも人口的にも経済的にははるかに小さい英国やフランス、北欧諸国は世界的に影響力のある論文が出続けているし、アジアでも中国、韓国、シンガポール、台湾はもとよりタイやベトナムからも医学論文は増えている。我々産婦人科医が日々の臨床や卒前卒後の教育に忙しく、疲弊していることは誰もが痛感しているであろうが、それでもなお、英文論文を通して知見を世に発信し続けなくてはならない。最後に「医の世に生活するは人の為のみ、おのれがためにあらず」で名高い緒方洪庵の「扶氏医戒之略」の一節を記す。『毎日夜間に方て更に昼間の病按を再考し、詳に筆記するを課定とすべし。積て一書を成せば、自己の為にも病者のためにも広大の裨益あり。』
長い間ご愛読ありがとうございました。