5.やっているけど書かれていない閉経前期の不正子宮出血・月経不順の対応
閉経前になると、いわゆるホットフラッシュ(のぼせ・ほてり)だけでなく、不正子宮出血や月経不順が出現して、その相談に多くの患者さんがやってきます。
産婦人科医なら誰でも、規則正しい周期的な月経からいきなり閉経することは稀であることは知っていますので、経腟エコーや細胞診等で一通りの疾患スクリーニングをして問題なければ、経過観察または止血剤やホルモン剤等を処方することが多いでしょう。
今回のコラムでは、用語を中心に意外と知られていないウンチクについて述べたいと思います。
AUB,PALM-COEIN system(分類)
何それ!聞いたことがない!と思われた先生は、購入したまま本棚に置きっぱなしの産科婦人科診療ガイドライン婦人科外来編をパラパラでも読んでみましょう。
最近出てきた用語でありますが、大学や基幹病院では周産期や腫瘍領域の最新知識には敏感であっても、生命に直接関わらない女性医学領域の用語は意外と話題に上らないことが多いものです。
AUBとはabnormal uterine bleeding(不正子宮出血, metrorrhagiaと同義、産婦人科用語集・用語解説集では、「不整」でなく「不正」)で、ちなみに不正性器出血の英訳はatypical genital bleedingとなります。
PALM-COEIN systemは、2010年にFIGOが生殖可能年齢女性の不正子宮出血を、原因疾患別に記載することを決定した表記方法となっています。個人的には、骨盤子宮脱診断で用いるPOP-Qと同様に日本で普及するとは思えませんが、不正子宮出血の原因を鑑別するうえで網羅的にきちんと理解することで、一度は眺めてみる意義はあると思います。
Unopposed estrogen
先ほどの産婦人科用語集・用語解説集には掲載されていませんが、更年期関連の英文を読まれる先生方なら頻繁に遭遇する用語です。
直訳すれば、「対立しないエストロゲン」であり、性成熟期の女性ではエストロゲンとプロゲステロン両者のバランス(拮抗・対立)が取れていることは、イメージとして理解しやすいと思います。
すなわち、閉経前期の無排卵周期の状態では、プロゲステロンに対してエストロゲン過多の状態となり、月経痛や過多月経だけでなく、体重増加や不眠、ホットフラッシュ等の更年期症状の一部や子宮筋腫や内膜症病変の急速な増大、数年以上にわたれば、子宮内膜増殖症や子宮内膜癌発症リスクの原因となり得ます。
Endometrial glandular and stromal breakdown(EGBD)
病理の用語で、最近では内膜組織診だけでなく内膜細胞診においても診断可能となってきました。先程のunopposed estrogenのような相対的高エストロゲン状態において、びまん性に内膜間質破綻(不全増殖内膜)を認める機能的変化であり、癌化のリスクのある病態とはいえません。
この概念が知られていなかった頃は、閉経前期に不正子宮出血で子宮内膜細胞診を施行すると、疑陽性の判定で子宮体癌を疑い精査することになってしまっていました。そうなると、延々と細胞診フォローされるならまだしも、内膜組織診や内膜全面搔爬が繰り返され、苦痛を伴う侵襲的検査が必要以上に施行されていたと思います。
ちなみに、現在の子宮内膜細胞診結果報告では、「陰性」、「疑陽性」、「陽性」やクラス分類を用いた判定は推奨されていません。日本臨床細胞学会編「細胞診ガイドライン」による「記述式子宮内膜細胞診報告様式」(表)が日本における子宮内膜細胞診「判定ではなく診断」の標準的報告様式となっており、EGBDは陰性のカテゴリーに属します。
(表)
しかし、重要なことは閉経前期のunopposed estrogenの状態は、子宮のある閉経後女性にエストロゲン単独でHRTをしているのと同様のホルモン状態であり、長期間このホルモン状態で放置(経過観察)することは、子宮内膜増殖症や子宮体癌発症リスクだけでなく、子宮筋腫や子宮内膜症があれば、それらを急激に増悪させるリスクもあり、お勧めできません。
それでは実際どのような対処法があるか
特に開業医の先生なら、初診でこのような患者さんに「止血効果不十分」で逃げられないために、まずは短期間中用量ピルを処方しがちですが、EP製剤投与による心血管系疾患や静脈血栓塞栓症の発症リスクは加齢と共に増大します。
これらの理由からOC・LEPガイドラインでは、40歳以上の未閉経者は慎重投与となっていますが、ほとんどが40歳以上の閉経前期の患者さんに対して、嘔気等の副作用だけでなく、これらのリスクに怯えながら低・中用量に関わらずEP製剤を処方するのも考えものですし、器質性疾患のない過多月経に対する治療推奨グレードもCです。
もっとも、最近ではGnRHアンタゴニスト製剤であるレルゴリクス(レルミナ®)を経口投与すれば、数日間以内に血中エストロゲンが閉経レベルまで低下しますので、GnRHアゴニスト製剤が有するflare up リスクを気にせずに大量子宮出血に対処する一法として今後広まるかもしれません。但し、ホットフラッシュや抑うつ等の卵巣欠落症状出現リスクや保険適用(子宮筋腫のみ)の点からも、現状では本剤の慎重な使用が望まれます。
もちろん、筋腫や内膜症が存在して症状増悪の原因となっていれば、GnRHアゴニスト、ジェノゲスト、ミレーナ等のホルモン療法や手術療法を検討すべきでしょう。
ともあれ、まず考慮すべきは、Hormstorm療法(ホルムストローム療法、用語集においてカタカナ表記での記載はありません)であり、本来、(とりわけ周閉経期女性における)無排卵に伴う子宮異常出血(AUB-O, abnormal uterine bleeding caused by ovulation disorder)に対する止血法として周期的にプロゲステロンを投与する方法であります。その詳細は産科婦人科診療ガイドライン(編集・監修は日本産科婦人科婦学会だけでなく、日本産婦人科医会との共編です)婦人科外来編2017の巻頭「本書の構成および本書を利用するにあたっての注意点」に掲載されていますので、是非ご一読ください。