6.知っていても何となくやらない腹水濾過再静注法
今回は、オフィスギネコロギー領域との関連は薄いですが、最近は在宅医療を手がける産婦人科医師も少なくありませんので、腹水に対する症状緩和治療の話題をします。
卵巣癌等の再発で癌性腹膜炎になると、腸閉塞に並んで腹水のコントロールに難渋することは珍しくないことは周知のとおりです。
意外と知られていないことは、消化器・乳癌等の卵巣転移で大量腹水をきたしているケースでは、卵巣摘除により比較的少ない侵襲で腹水貯留の著明な改善が望める場合があります。但し、癌性腹膜炎での卵巣摘除の難易度は低くありませんので、婦人科腫瘍専門医等の十分経験のある産婦人科医が行うべきでしょう。
一般的には、利尿剤、穿刺排液、アルブミン投与、シャント術等の治療があり、なかでもCART(Cell-free and concentrated Ascites Reinfusion Therapy)は大量癌性腹水にも有効な治療として確立されていますが、今日の都市部においても高度の腹部膨満を放置されたまま生涯を終える癌性腹水患者は少なくないのが現状です。
CARTは数十年前から存在して保険診療でもありますので、CARTの存在自体を知らなくて使わない先生方は少数ですが、「数例やってうまくいかなかった」「どうせやっても意味がない」などと評価される先生方は残念ながら大勢のようです。では、なぜ「うまくいかず意味がない」結論になるのか? 具体的にいくつかの事例を挙げてみたいと思います。
うまくいかない事例1「月に2回までしか算定できないのに、1週間程度で再貯留してしまう」
腹水の排液が不十分な点に原因があります。サーフロー針やハッピーキャス®等による穿刺は簡便・安価ですが、骨盤内に相当量の腹水が残存します。しかし、患者さんは少量の腹水排液で腹部膨満感が改善するだけでも満足してしまいますので、その結果、1週間程度の短期間で腹満感が再燃することになります。
多少手間がかかりますが、下記のような穿刺キット等を用いてしっかり排液すれば、多くの症例で2週間は腹部膨満感のコントロールは可能です。
うまくいかない事例2「CARTを施行しても、症状改善に乏しく数日で亡くなった」
多くは患者さんがCARTを希望していても主治医が渋っている間に全身状態が増悪し、家族が「転院する」とかで騒ぎ始めてから、仕方なく行う場合において上記の結果となります。
腹水が数L以上貯留した状態から遅くとも2,3週間以内に行うべきであり、ある程度の期間放置されてしまった他院から転院症例等では、「本当に楽になってしまう可能性が高いですが、今の苦しみを取りましょう」のような説明が必須となります。
初回治療前や再発化学療法中のように、早い段階から積極的に症状緩和治療としてCARTを用いる方が、より安全で効果的、すなわち腹部膨満感の改善だけでなく尿量や摂食量の増加が期待できます。
うまくいかない事例3「腹水排液後に血圧が低下した」
学会・論文データでは、血圧低下例はみられず安全性は高いとされていますが、稀にそのようなケースは存在します。この原因に対する考察が間違っているとCARTに対する誤解が拭えません。
まず、排液量は原因ではないことは明らかです。自験例も含めてCARTの学会・論文データのほとんどの多数症例で3,4L程度排液していますが、有意な血圧変動を認めないのは事実です。
しかし、腹腔内出血による濃い血性腹水(輸血バックのような色調)を排液すると、腹腔内圧で止血されていた出血が再燃し、血圧が低下します。明るい赤色の血性腹水や乳糜腹水程度であれば問題ありません。
他にも、血栓塞栓症を併発したり、膿性腹水にエンドトキシンが混入したりする可能性はありますので、事前に十分な説明とライン確保の上で脱水があれば補正しておくことも重要です。
学会発表やメーカーの宣伝では、CARTの有効性や安全性という事実ではありますが、ポジティブデータ主体の「うまくいった」話題しか取り上げられず、トラブルシューティングの情報に乏しいのが問題なのかもしれません。
とはいえ、上記の情報を参考に工夫してみると、有用な症状緩和治療であることが実感できると思います。