6.研究の目的とエンドポイント
基礎研究の目的
近年, 医療を巡る社会の変化に伴い,医学部教育の重心が筆者の学生時代に比べてさらに臨床教育にシフトしている。その結果,基礎研究を志す医学生は激減し, さらに若手医師に専門医取得か学位取得の二者択一的な意識を生むに至っている.しかし,医学の進歩には臨床の問題点を熟知した上で研究に取り組む医師が必要である。生殖医学や分子生物学,腫瘍学,微生物学,免疫学薬理学などの進歩は,産婦人科領域でも日々の臨床に直結するのみならず,逆に臨床の現場からの要求が研究を促進する最大の要因となる.真理探究を第一義とする天文学や理論物理学,生物学などの基礎科学と基礎医学の最大の相違は,後者が研究の目的を最終的に社会と人類の健康に利するものとする点におくことであろう.基礎研究のためには一定の設備や経験が必要であるが,実際ところは一人で実験する訳ではなく共同研究を進めるために、各人が必ずしも大学勤務である必要はない.その意味で一般病院勤務や開業医として第一線で活躍する産婦人科医の研究マインドの涵養が本会でも重要な課題であろう.現場からの貴重な臨床検体の提供(もちろん患者さんと倫理委員会の承認は必須であるが)に加えて,診療上の問題提起が研究のシードとなる.あまりに細分化した個別の研究技法は各々の領域の成書や学会での講習に譲るが,重要なことは研究結果を批判的に討論できる仲間であり,査読を経た医学雑誌への掲載である.「世界に先駆けて画期的なXX療法を開発した」とか「がんの原因はすべてXXである」といった独善的な発表をネットや一般書に出すようなことがあってはならない.我が国では言論の自由はあるとはいえ,がん放置療法や検診無用論,STAP細胞にみるように誤った情報は患者さんの生命や健康を害する可能性が高いからである.学会の参加費は高いが,何がその領域で問題となっていて、どのような方法で解決が図られているかという情報料、さらに自分の研究を評価してもらえる場と考考えれば安いものである。決して懇親会で供されるワインの格や料理の品数で評価してはならぬのである.
臨床研究法の遵守
本会の会員が関与される可能性が高いのは臨床研究である。かって、医師であれば医療行為としてをやってもよいし、その結果をまとめることも自由であるという誤解があったが、研究の内容と方法論は当然ながら法による規制を受ける。特に、医薬品等を人に対して用いることにより、有効性・安全性を明らかにする研究や治療法の有効性の比較などの研究は「臨床研究法」(平成29年4月公布)法の対象となり、国民の信頼を担保することが義務付けられた。具体的には、研究実施の手続、認定臨床研究審査委員会による審査、臨床研究に関する資金等の提供に関する情報の公表が制度化された。
治験のエンドポイント
臨床研究では, 治療行為の有効性を評価するために,治療の目的にかない,客観的に評価できる項目が要求される.すなわち,死亡率の低下,発症率の低下、妊娠率の向上,副作用の低減などである。その代替として、腫瘍の大きさ,血圧、血液検査値など短期間で評価できる代用エンドポイント(surrogate endpoint)が用いられる.共にプライマリーエンドポイント(主要評価項目)となり得るが,薬理学的、臨床的に意味があり、客観的評価可能が可能でなければならない.それ以外のセカンダリーエンドポイントを設定しても良いが,QOLなど定量的な客観評価が難しい場合もある. 臨床研究には膨大な手間と時間と研究費がかかるので,何らかの意味のある結果を求めるのでどうしてもバイアスがかかる。しかし、効果がない、あるいは逆に有害な治療介入があればこれを世界に知らしめるのも研究者の責務である.また,有償無償に関わらず製薬会社の協力があればこれを利益相反として開示する義務があるが,提供者に都合の良い結果を出す義務はない.