9.論文の執筆と投稿

論文の執筆と投稿
今回はいよいよ執筆にとりかかる。書き始める前にやらなければいけないのはどこの雑誌に投稿するか。日本語で書くか英語で書くかである。第一回に述べたように、PubMedに掲載される英文誌でないと世界中の研究者に読んでもらえないが英語で書くことが苦手の場合や初学者の場合、日本語で書くことはある程度 やむをえない。ただ、その場合も同一内容を後で英訳して投稿することは二重投稿になるので絶対にしてはいけない。
投稿雑誌を決めたら、その雑誌の投稿規定や過去の掲載論文をよく読んで、ジャーナルが何に重点を置いているかを考える必要がある。臨床中心の雑誌に専門的な分子生物学的考察を投稿しても、逆に基礎的な裏付けを求める雑誌に詳細な臨床経過を送っても掲載される可能性は低い。いずれにせよ、この論文で自分が何を伝えたいかというメッセージを明らかにする。ただ単に、「珍しい症例を経験した」、「今後鑑別診断の一つとする必要がある」などの結論では科学的価値は低いと判断される。実験結果でも、臨床的検討でも、1)結論は研究結果に基づいたものである。2)これまでに発表されていない内容が含まれる。3)データの解釈は合理的である。4)適切な対照群が設定されている。5)適切な統計学的分析が行われている。といった点を確実にクリアしておく必要がある。もちろん 日本語でも英語でも文法やスタイルが正しく書かれているのは当然のことである。

初稿を仕上げる
何事も仕事は最初に取り掛かるのに一番エネルギーが必要である。論文を書き始めたら数枚は一気に書き上げる。そのためには土日や夜間で少なくとも数時間は仕事に専念できるようにする。初学者の場合いきなり、完成度の高いものを狙わず、考えたこと,やったこと得られたことを何でも書いて一定の分量を確保するのがコツである。その場合、英語でも日本語でも良いが,意識して論理的に書いてゆく必要がある。慣れたら初めから英語で書いた方が後で楽だが.どちらでもよい。筆者の研究室の院生や若手には初めから できるだけ英語で書いて、書けないところは日本語で書くように指導している。和文英訳に頭をとられて、論理の流れが中断するのは時間の無駄だからである。 Introductionやabstractから書くよりも、Materials and methods, resultsから書いてゆく方が楽である。なぜならば、投稿の時点で実験方法や結果、患者さんの経過は確定しており迷うところが少ないからである。スペリングや文法、整合性、文体など気になるところは沢山あるだろうが、後で直すことにしてこの時点では一気に書く上げる方がよい。論文を書いているコンピューターをネットにつないで、PubMedで参考文献を埋めてゆくと楽であるが、何度も書いているように既出論文のコピペは必ずばれるのでしてはいけない。この時点でいったん休んで頭を冷やす。カレーや煮物は作って一晩おいておく方が味がなじむのと同じ理屈である。

推敲から投稿へ
翌日(あるいは数日後)初稿を読み直して足りない部分を追加,冗長なところを削除して第2稿とする。この時点で、一貫した論旨で論文のoriginalityを強調し、先行論文との関連を明らかにする必要がある。書いていたときには気づかない不足や矛盾に気づくこともあるので.自分でできるだけ直したうえで指導者に読んでもらう。研修医や大学院生の場合、遠慮していつまでも持ってこない方から、悪びれずにどうしようもないものを持ってくる方まで様々だが、指導者はこれに腹を立ててはいけない。ただ、あまりに完成度が低いものをもってゆくのは指導医に無礼であるのみならず、自分自身の論文執筆能力の向上に繋がらないので可能な限り、できるだけ完成度の高いもの持ってゆくようにする。指導者のコメントをもとに,最初から通して修正した第3稿を作成する。この時点で考えるべきことは、レフェリーの突っ込みどころ(自分の論文の弱点)である。論文の限界(limitation)を探して予防線を張ると共に文法ミスや参考文献の漏れがないかをチェックする。

英文校正業者に依頼
本会会員の殆どは日本語が母国語であろうし、英会話が得意であっても論文にするような英語に慣れていないことが多いと思われるので、この第3稿を英文校正業者に送り、チェックしてもらう。料金の相場は、普通の原著論文あるいは症例報告1本あたり3-5万円というところである。玉石混交というか、世の中に多くある英文校正業者には医学系が得意なところと技術系や法学など契約文書が得意なところ、医学でも臨床系あるいは基礎系が得意なところなど様々なので友人同僚にお勧めを聞いてみると良い。送ってから2-3日から1週間以内に直された原稿が帰って来るので、戻ってきたものを指導者と読み返して校正者の誤解がないかを確認する。(英文校正者は医者や研究者ではないので基本的な事項を誤解していることがある)大事なことは、いかにひどい英文でも自分の観察したこと、行ったこと、考えたことを自分の英文で記して見てもらうことである。既出論文を切り取ってコピペすると、文章自体は文法的に正しいのでそのまま直されず、投稿してレフェリーに回った後で盗用を指摘される例が後を絶たない。

投稿
さて、ここまで来たらいよいよ投稿である。2017年末現在、殆どの医学雑誌はオンライン投稿となっている。Scholar OneとEditorial Managerが一般的だが、出版社独自のシステムを持っているところもある。いずれにしても 本文、図表、カバーレターを独立して入稿してゆくと最後にPDFに変換されてレフェリーに回すので、editorの返事を待てという状態になる。