21.そのうち話題になるキャンディニューロンとホットフラッシュとの関係
このシリーズの第2回では更年期障害のメカニズムについて取り上げました。それからぼんやり四方山話をしているうちに、どうやらHRTくらい有効性が期待できるホットフラッシュの治療薬が出てきそうになりました。おそらく国内学会でも今後話題になることだと思いますので、勤勉な先生方がタイトルにある「キャンディニューロンて何?」と今の時点でビビらなくても大丈夫です。これまであまり分かっていなかったホットフラッシュのメカニズムについて、科学の進歩を感じて頂ければ幸いです。
まずは、新たなホットフラッシュの治療薬の情報について表にしてみました。
メーカー |
バイエル |
アステラス |
作用機序 |
NK-1,3受容体阻害薬 |
NK-3受容体阻害薬 |
一般名 |
Elinzanetant (エリンザネタント) |
Fezolinetant (フェゾリネタント) |
現在進行中の 臨床試験 |
OASIS(第Ⅲ相) 120mg 1日1回経口投与 |
SKYLIGHT(第Ⅲ相) 30または45mg、1日1回経口投与 |
いずれも血管運動神経症状(ほてり、のぼせ、発汗等)に著効し、副作用も肝障害や頭痛等で頻度も少ないようです。
さて、本題のホットフラッシュのメカニズムについてですが、
まず、キャンディニューロンとは、英語表記のKNDy neuronでありまして、
K: Kisspeptin(キスペプチン、KISS)
N: Neurokinin(ニューロキニン、NK)
Dy:Dynorphin(ダイノルフィン)
これら視床下部に局在する神経ペプチドの頭文字をとっており、これらの神経ペプチドを合成(分泌)する神経です。
要するに性ホルモンの制御は、
HPG軸(視床下部―下垂体―性腺軸、hypothalamic-pituitary-gonadal axis)である
GnRH – LH/FSH – 性腺 の上流に KNDyが加わって、
KNDy – GnRH – LH/FSH – 性腺 になったということです(図)。
ちなみに、他の視床下部・下垂体を介する神経・内分泌反応の制御軸として、
HPA軸(視床下部―下垂体―副腎軸、hypothalamic-pituitary-adrenal axis)や、
HPT軸(視床下部―下垂体―甲状腺軸、hypothalamic-pituitary-thyroid axis)があります。
これらは互いに関係しており、例えば体重減少性無月経はストレス刺激等によりHPA軸が活性化し、レプチン分泌やKNDyを介してHPG軸を抑制していると考えられます。
よって、KNDy, GnRH, LS/FSS, エストロゲンの分泌状態は以下のようになります。
|
KNDyニューロン |
GnRHニューロン |
下垂体 |
卵巣 |
思春期前 (体重減少性無月経) |
KNDy分泌↓ |
GnRH↓ |
LH/FSH ↓ |
E↓ |
性成熟期 |
KNDy分泌↑ |
パルス状にGnRHを分泌↑ |
LH/FSH ~ |
E↑ |
閉経後 |
KNDy分泌↑↑ |
パルス状にGnRHを分泌↑↑ |
LH/FSH ↑ |
E↓ |
GnRH agonist 投与時 |
KNDy分泌↑↑ |
パルス状にGnRHを分泌↑↑ |
LH/FSH ↓ |
E↓ |
内因性GnRH分泌は閉経後と同様だが、外因性GnRHaの持続的刺激でGnRH受容体数が減少する |
思春期が始まるきっかけは、キスペプチンの分泌によりGnRHのパルス状分泌が始まることとされています。性成熟期になってエストロゲンの分泌が高まると、エストロゲンのネガティブフィードバックがKNDyニューロンや下垂体に作用し、KNDy, GnRH, LH/FSHは適度な分泌となります。
閉経後では、加齢による卵巣機能の低下によりエストロゲン分泌が減少することで、エストロゲンのネガティブフィードバックが消失し、KNDyニューロンやGnRHニューロンは肥大活性化し、下垂体も過活動となり、KNDy, GnRH, LH/FSHは分泌亢進となります。
それでは、偽閉経療法で用いられるリュープロレリン等のGnRH agonistを投与した場合はどうでしょうか?
まずは、GnRH agonistの外部からの持続的投与によりGnRH受容体数がダウンレギュレートで発現減少し、LH/FSHおよびエストロゲンは分泌低下します。閉経後のように1時間に1回以上パルス状にGnRHが分泌亢進する位ではGnRH受容体のダウンレギュレートはしません。よって、エストロゲンのネガティブフィードバックが消失し、KNDyニューロンやGnRHニューロンは肥大活性化するのは閉経後と同じとなります。
要するに、LH/FSHの分泌状況に関わらず、閉経後や偽閉経療法時はKNDyニューロンが過活動となり、KNDyの一つである分泌亢進したニューロキニンB(NK)が視床下部の温度中枢に作用してホットフラッシュが発生すると考えられています。
視床下部には7つの制御中枢が存在し、①自律神経、②概日リズム、③神経内分泌、④情動・記憶・認知、⑤感覚・疼痛域値、⑥歩行・運動、⑦神経代謝・免疫(体温調節など)となっており、これらの司令塔となるのが、視床下部のGABAおよびアセチルコリン作動性制御軸の2つとされています。腫瘍や脳症(インターフェロン、ウェルニッケ、メトロニダゾール脳症など)によって、これら制御軸が破綻した視床下部症候群といった病態があるようです。
キスペプチンは思春期の開始や生殖能力に関与します(キスペプチンやその受容体の不活化変異で思春期遅延や性腺機能低下、活性化変異で思春期早発となります)。また、GnRHニューロンに対するエストラジオールのフィードバックにも関与します。
ニューロキニンB(NKB)は視床下部のKNDyニューロンで合成され、受容体NK3Rと結合します。NKBは体温調節中枢である視床下部視索前野で分泌されることから、更年期障害における血管運動神経症状と関与していると考えられます。この事からホットフラッシュの治療薬開発が始まりました。
ダイノルフィンは、キスペプチンやニューロキニンと異なり抑制的に作用することから、KNDyニューロンが活性化している時はキスペプチンやニューロキニン分泌は増加しますが、ダイノルフィン分泌は減少します。
これらの研究成果は、これまでの生殖医学と同様に家畜の繁殖等を研究領域とする農学系(バイオ領域)の研究者によるものと考えられます。臨床医はどうしても目の前(下流)の現象に捉われて、創薬に応用が利く制御系の上流に興味がいかないのが難点です。
記憶や情動(イライラ・抑うつ)、肩こり、頭痛、手のこわばり等の症状に対しても将来、メカニズムが解明されて治療薬開発に繋がるといいですね。