(3)子宮腺筋症への対応
治療総論
1 )子宮腺筋症治療の基本的な考え方(図39)
・子宮腺筋症の取り扱いは,この20 年間,新しいホルモン剤や手術法の開発,さらには体外受精の普及によって著しく変わってきたが,その治療法は,未解決の疾患であり依然として議論の対象である.
・治療法には,薬物療法と手術療法がある.
・直近の挙児希望があれば自然妊娠を試みるが,妊娠に至らない場合は不妊治療を行い,ガイドラインなどに沿ってART へステップアップしていく.
・薬物療法を先行しても妊孕性の回復に寄与するエビデンスはないため,子宮内膜症のガイドラインに準じて不妊治療を優先することが望ましい.
①子宮腺筋症の薬物療法
・子宮内膜症の治療法に準じ,対症療法と内分泌療法に分けられる.
・年齢や挙児希望,症状,貧血や不妊症など合併症の有無を考慮し,特に妊孕能温存が必要な場合には第一選択となる.
a.対症療法
・月経困難症に対する消炎鎮痛薬や漢方薬,過多月経に伴う鉄欠乏性貧血に対する鉄剤.
b.内分泌療法
・LEP 製剤,GnRH アゴニスト,ジエノゲスト,ダナゾールなどがある.
・不妊を合併している子宮腺筋症例では,その効果も一時的で持続しないことから,漫然と行うことは好ましくなく不妊治療を優先する必要がある.
②子宮腺筋症の手術療法
a.子宮全摘術
・子宮腺筋症に伴う症状が薬物治療で奏功せず,妊孕性の温存を必要としない場合の手術療法.
・子宮腺筋症摘出術では,病巣が残存し再発する可能性があるのに対して,子宮全摘は根治的治療となる.
・子宮腺筋症ではダグラス窩閉鎖を認めることもあるため,閉鎖の解放の際の直腸穿孔に注意する.
b.子宮腺筋症摘出術
・子宮腺筋症摘出術の適応については,様々な手術法が試みられている現状にあるので,適応は施設によって異なる.
* 子宮腺筋症摘出術は, 世界の18 施設で2 , 365 件行われているが,2 , 123 件(89 . 8 %)が日本の13 施設で実施されている(Osada H. Fertil Steril 2018; 109:406–417.).
・薬物療法に効果がない子宮腺筋症で,未婚,不妊症または着床障害や不育症(子宮腔の拡大,変形,圧迫などがある場合)などの原因となっている可能性がある場合,子宮腺筋症摘出術を考慮する対象となる.
・子宮内腔が正常に保たれているような事例では,不妊治療に耐えられる月経痛や過多月経であれば,子宮腺筋症摘出術の適応にはならず,一般不妊治療やART を優先することが勧められる.
・上記子宮腺筋症摘出術の対象に関して,以下の理由から子宮腺筋症摘出術を「勧めない」とする報告もある.
・不妊原因となり得るかどうか未だ結論は出ていない.
・子宮腺筋症摘出術が妊孕能を改善するという明確なエビデンスがない.
・術後妊娠の合併症が重篤である.
※子宮腺筋症摘出術は,現在高周波切除器を用いたもののみが先進医療として認め
られているが,保険適用とはなっていない.またそれ以外の方法を用いた開腹子
宮腺筋症摘出術,また腹腔鏡下子宮腺筋症摘出術もすべて保険適用はない.
2 )薬物療法
子宮腺筋症に対する薬物療法は,『産婦人科診療ガイドライン婦人科外来編2017』にもあるように,基本的には子宮内膜症に準ずる薬物が用いられる.しかし,薬物療法での根治薬は存在せず,手術療法や閉経までのつなぎの治療法である.
①対象療法
・慢性疼痛に対してNSAIDs やロイコトリエン受容体拮抗薬を投与し,月経痛に対しては漢方薬(芍薬甘草湯)や鎮痙薬(臭化ブチルスコポラミン)を追加投与することが有効とされる.
・過多月経による鉄欠乏性貧血に対しては,クエン酸第一鉄ナトリウム製剤や硫酸鉄徐放錠などの鉄剤を投与する.
②内分泌療法
a.GnRH アゴニスト
・抗エストロゲン作用を有し,子宮腺筋症による過多月経・月経痛・慢性疼痛や子宮腫大いずれにも有効とされる.特に子宮腫大に対する縮小作用は最も有効とされる.
・使用期間が6 カ月以内と制限される.
*抗エストロゲン作用の副作用としての骨量減少の懸念から,保険適用上,最長6カ月投与である.
・投与中止後,比較的早期に再燃し,症状の再発も必発であるため,作用を継続しつつ副作用を軽減し長期投与を可能とさせる工夫が考案されている.
add-back 療法: GnRHアナログ投与と同時にホルモン補充を行う.しかし,子宮腺筋症と凝固・線溶系異常との関連が指摘されており,ホルモン補充による血栓症の併発が懸念される他,コストの問題などが指摘されている.
draw-back 療法 : 副作用を軽減するため投与量を減量しつつ抗エストロゲン作用を保たせる方法. 注射剤で投与間隔を延長させる方法と点鼻剤で噴霧回数を減じる方法があるが,事例ごとの調整の困難さがあることは否めない.
・GnRH アナログが最も有用となるのは腫瘍の縮小と貧血改善を目的とした術前投与,または閉経直前の時期の閉経への逃げ込み療法と思われる.
b.ジエノゲスト
・第4 世代のプロゲスチン製剤.過多月経・月経痛・慢性疼痛に対し有効とされる.
・子宮腫大に対しては有効とする報告とそうではないとする報告がみられ,結論を得られていないのが現状である.
・子宮腺筋症患者では,不正性器出血の頻度が高く,時に大量出血となる.内服の工夫として,内服中の不正性器出血が止まらない,あるいは出血量が多いなどの場合には,約1 週間の休薬をおいてみると有効なことがある.
・比較的大きな子宮の場合(特に子宮体部最長径10㎝以上または子宮筋層最大厚4㎝以上)では,本剤投与により大量出血することがあるため,事例の選択を要する.
・MRI 画像による子宮腺筋症に対するサブタイプ分類が行われ,ジエノゲスト投与で易出血性のサブタイプとそうでないサブタイプがあるとの報告があり,解明が待たれるところである.
・貧血を認める事例では,まず貧血に対する治療を行い,ヘモグロビン値11 g/dL 以上に改善してから使用すべきとされる.
・GnRH アナログを先行投与することにより子宮を縮小させ同時に貧血を改善し,その後ジエノゲストを投与するSequential 療法が考案され比較的良好な報告を得ている.
c.LNG-IUS
・第2 世代のプロゲスチン製剤(レボノルゲストレル)を付加した子宮腔内装着器具.
・装着により1 日平均20㎍のレボノルゲストレルを子宮腔内に5 年間放出し,子宮内膜を萎縮・菲薄化させる.
・過多月経・月経痛・慢性疼痛・子宮腫大のいずれにも有意な改善が示されている.
・使用に際しての注意点.
・装着初期2~3 カ月は不正出血が高頻度で出現する.多くの事例では,徐々にその頻度や量の減少を認めるが,子宮内腔の変形を伴う事例では注意が必要である.
・比較的大きな子宮では自然脱出する頻度が高いとされる.
・子宮筋層最大厚4 ㎝以上では必ずしも有効でないとの報告もある.比較的大きな子宮にはGnRH アナログを先行投与し,子宮の縮小を図ってからLNG-IUS を使用する工夫が考案されてよい成績が得られた報告があるが,高度の筋層肥大例では使用に際し注意が必要である(72 頁参照).
d.LEP 製剤
・過多月経に対し使用されることがあるが,有用性を示すデータは示されていない.月経痛・慢性疼痛・子宮腫大に対して有効とされる報告はない.
・前述のごとく子宮腺筋症と凝固・線溶系異常との関連性を指摘され,各種の血栓塞栓症を併発した事例報告がみられるので,使用の際には十分な注意を必要とする.
e.ダナゾール
・テストステロンの誘導体であり,子宮内膜への直接作用と卵巣機能を抑制し低エストロゲン状態によっても子宮内膜を萎縮させる.
・子宮腺筋症の諸症状に有効とされるが,男性化徴候や血栓症の副作用のため近年用いられることは少なくなった.しかし,その副作用を減じるため低用量での長期投与や局所投与により良好な成績も報告されている.
f.アロマターゼ阻害薬
・子宮腺筋症組織にアロマターゼが発現し,エストロゲン産生能を有すると考えられており,アロマターゼを阻害することにより子宮腺筋症の腫瘍縮小や疼痛改善効果が期待される.
・しかし,血栓症や骨粗鬆症など副作用の問題や日本では保険適用がないことなど,他剤が使用不可能な事例などに限られるであろう.
③手術治療を行わない子宮腺筋症に対する薬物療法のフローチャートの一例(図40)
・現在妊娠希望がある場合は積極的な妊娠を勧める.妊娠を望みつつ妊娠が成立しない場合の子宮腺筋症の病状進行に注意を要する.
・現在妊娠希望がない場合には,まず自他覚症状が軽症であれば経過観察や対象療法を行い,自他覚症状の増悪時には内分泌療法を行う.その際,比較的大きい子宮(ここでは子宮体部の最大径10 ㎝以上または子宮筋層最大厚4 ㎝以上とした)か否かで分ける必要がある.
・比較的大きな子宮では,ジエノゲストでは大量出血のリスクがあり,LNG-IUS では自然脱出や無効であるリスクがあるため,GnRH アナログを先行投与して治療を開始するという考えがある.GnRH アナログ投与終了後,疼痛や過多月経の再発が懸念される例では,引き続きジエノゲストやLNG-IUS を用いる.
・いずれの薬物療法中でも,頻度は異なるものの子宮からの多量出血の危険性は皆無とはならない.
・多量出血を認めた際,概ね止血剤投与で対応可能となる場合が多いが,無効な例では子宮内膜掻爬術による止血を試みる.
・それでも無効な場合は,子宮動脈塞栓術(UAE:uterine artery embolization)による止血を行い,最終的には子宮全摘術も考慮に入れる.また,同時に悪性疾患の併発を除外することも忘れてはならない.
3 )手術療法
・近年,妊孕性温存を希望するケースが増加しているため,患者のニーズに合わせつつ,適切な手術療法を選択する必要がある.
・妊娠の予定がない場合はLEP 療法やプロゲスチン単独療法(LNG-IUS,ジエノゲスト)を行い,効果不良例には子宮全摘術が考慮される.最近では腹腔鏡下子宮全摘術により患者負担も軽減している.
・挙児希望がある場合は妊孕性の温存が必要になる.直近の挙児希望がなければ,LEP 療法やプロゲスチン単独療法が行われるが,疼痛コントロール不良例,過多月経による貧血コントロール不良例に関しては子宮腺筋症摘出術も選択肢の1 つとなる.
・ART を施行しても着床障害が疑われる場合や,子宮腺筋症が原因で流産を反復する場合は子宮腺筋症摘出術が考慮される.
・本法による病巣の完全摘出は困難であり,術後残存病変の再燃が懸念される.さらに本法の切開部における妊娠中の子宮破裂の報告もあり,患者に対する十分なインフォームドコンセントと突然の子宮破裂に対応可能な周産期施設での管理が必要になる.
・子宮腺筋症摘出術は最終的な手段として行われるべきである.
・子宮腺筋症摘出術は,保険適用とはなっておらず,限られた施設でしか行ってはいないものの,挙児希望のある患者より質問をされる可能性もあるので,以下に現在行われている子宮腺筋症摘出術について記載をする.
●子宮腺筋症摘出術
①病巣の分布による術式選択
・子宮腺筋症摘出術を行う際は,病巣分布により術式を選択しなければならない.
・子宮腺筋症は,病巣が全周にわたるびまん型,いずれかの壁に限局する限局型,ダグラス窩の深部子宮内膜症が子宮後壁に浸潤することにより生ずるダグラス窩からの浸潤型,子宮筋層内にチョコレート状の内容液を有する囊胞を形成する囊胞型に分類できる(図41).
・ダグラス窩からの浸潤型においては,DIE から発展するという病態上,強固な仙骨子宮靱帯および直腸との癒着を認めることが多く,偏位した尿管に留意し,癒着剝離を行う必要がある.
②子宮腺筋症摘出術式の分類と子宮腺筋症の分布による術式の選択(図42,43)
・限局型で病変が小さい場合には,漿膜ごと楔状に摘出する腹腔鏡下wedge resectionを選択する.しかし,wedge resection は病変が大きいと漿膜が大きく欠損し表層を修復できなくなる欠点がある. ・限局型だが病巣が大きい場合には,漿膜を温存して凸レンズ状に病巣を摘出する腹腔鏡下convex lens resection を選択する.本法は病巣を凸レンズ状に大きく摘出しても漿膜が温存されているためにwedge resection のように表層が修復しきれない状況にはならず,妊娠分娩に備えた子宮壁の再建が可能である.
・びまん型に関しては,triple-flap method を行うべきである(Osada H, et al. Reprod Biomed Online 22:94-99.2011.).
・腹腔鏡手術は深部到達能に優れるため,ダグラス窩からの浸潤型に対してダグラス窩開放と深部子宮内膜症を同時に摘出する手術には利点が大きい.
・囊胞型に関しては,囊胞周囲の子宮筋層にも腺筋症病変を認めるため,囊胞を周囲筋層ごと摘出する必要がある.病巣を大きく摘出しても子宮筋層再建が行いやすい腹腔鏡下convex lens resection が選択できる.
・なお,子宮腺筋症摘出術は上記以外にも,西田らの報告などでいくつかの術式が行われている(日エンドメトリオーシス会誌2013;34:71-76).
③子宮腺筋症摘出術の臨床効果,術後妊娠率
・子宮腺筋症摘出術後は月経痛や過多月経に対する改善効果が認められる.しかしその効果は10 年以上の長期に持続するものから3~4 カ月で再燃するものまである.
・世界18 施設で行われた2 , 365 件の手術中,把握できた妊娠数449 例の流産率は108 例21 . 6 %であった.施設間の妊娠率は,17 . 5 %から72 . 7%と大きな格差がある.子宮腺筋症摘出術後の妊娠には,IVF-ET によるものが多く含まれる(Osada H. Fertil Steril 2018 ; 109 : 406 – 417 .).
④子宮腺筋症摘出術後妊娠の予後
・上記18 施設で行われた2 , 365 例中,把握できた363 例の分娩に対し,13 例3 . 6% の子宮破裂が認められている.それ以外の施設から11 例の単独報告があり計24 例 の子宮破裂が認められている.なお胎児の死亡例は3 例,コントロール不能な出血 により子宮摘出に至った事例も3 例ある.
⑤術後の避妊期間と分娩様式
・子宮腺筋症摘出術後の避妊期間は,一定の見解を得ておらず,施設によって異なる. 短いものでは術後3 カ月で,多くは6 カ月~1 年である.子宮壁術野の血行再開を もって妊娠の許可を出すとの意見もある.
・分娩様式は,子宮破裂を避けるために帝王切開術を選択することが一般的であり, 妊娠37 週までに施行されることが多い(長田尚夫.日産婦学会雑誌 65(9): N- 131-136 ,2013).