2.子宮筋層切開,児の娩出,子宮筋層縫合

  • 妊娠週数や分娩進行度,胎位,胎勢,胎児の数,児の大きさ,胎盤の位置,癒着胎盤・子宮筋腫・先天性子宮形態異常(子宮奇形)などの有無,母体肥満度,既往手術歴など,様々な要素により全く同じ帝王切開はないと言って過言ではない.この章では総論として,標準的な正期産での帝王切開術を想定し,基本的な手技について述べる.また本稿では術者が妊婦の右側,助手が妊婦の左側に位置していることを前提とする.

(1)子宮筋層切開

  • 開創器や膀胱圧定鉤で術野を展開したら,左右の円靱帯子宮付着部の位置によって子宮のローテーションを確認する.妊娠子宮は右側へローテーションしていることが多い.子宮筋腫などがあると思わぬ方向にローテーションしていることも多いが,子宮円索の子宮付着部の位置や怒張した子宮静脈の位置などを確認すると分かりやすい.
  • 子宮下部正中の膀胱子宮窩腹膜が粗に結合している部分を鑷子で把持挙上し,クーパー剪刀で切開する(図7-a).
  • 膀胱子宮窩腹膜の切開が終了したら,膀胱圧定鉤などで膀胱を尾側に剝離圧排する.これは膀胱損傷を防ぐ目的の手技であり,安全に切開できる筋層の範囲を術者・助手で把握するためにも有用である.
  • 子宮筋層が露出したら,メスで横切開を加える(図7-b).この際,切開部と児頭の位置関係を確認することが大切である.
  • 子宮頸部が展退している症例で通常の切開を行うと子宮頸管を切開してしまうことがあり,予想外の出血や修復が必要になってしまうので,そのような症例では通常より1~2㎝頭側を切開する.
  • 既破水症例などでは胎児の損傷に十分に注意し,後述のようにペアン鉗子などで鈍的に切開創を広げることを早めに検討するとよい.
  • 術者は左手で切開部頭側を,助手は左手で切開部尾側をガーゼで圧迫すると,子宮筋層切開時の出血はある程度軽減できる.
  • 子宮筋層を越えて脱落膜が見えたら,ペアン鉗子や示指で鈍的に切開創を広げると,卵膜が膨隆してくる(図7-c).
  • 十分に両手示指が挿入可能な創部の隙間ができたら,切開創部を用指的に拡大し,左右に延長する(図7-d).両手指を左右に拡大するよりも頭側と尾側に均等に力を加えて,切開部を延長させる方が出血は少ないとの報告がある.
  • 通常の帝王切開では子宮下部横切開(図8-a)や子宮体下部横切開(図8-b)が多く,用手的な子宮筋層創部の拡大で十分に対応可能である.
  • 筆者らの施設では,妊娠28 週未満の早産症例などで子宮筋層のU 字切開(図8-c),J 字切開(図8-d),逆T 字切開(図8-e)を行うため,シミュレーションも兼ねてクーパー剪刀を用いて筋層切開創を左右に延長している(図7-e).これは児娩出時に切開創部が意図せぬ延長を来すことを防止する効果がある.ただし,用指的な子宮筋層創部の拡大に比べてクーパーによる切開は出血量が多くなるとされており,一般的には推奨されない.

(2)児の娩出

  • 未破水の場合では卵膜が膨隆してくる.児の娩出に十分な筋層切開長が確保できていることを確認し,コッヘル鉗子や有鉤鑷子などで破膜し,胎児を娩出する.
  • 頭位の場合,術者の右手を児頭の下に差し込み,テコの要領で切開創から児頭を通過させる(図9).
  • 子宮口が開大・展退し,児頭が下降している症例では本手技によって子宮切開創部が意図せず延長してしまうことがあるので注意が必要である.
  • 経腟分娩時と同様に,児頭を回旋させて出すとスムーズに娩出しやすい.またこの際に助手が子宮底を骨盤誘導線方向に圧迫することも有効である.
  • 児頭の娩出に難渋する際は吸引カップや鉗子の一葉を用いて補助することも有効である.
  • 児頭が娩出した後は,両示指を児の腋窩にかけ,牽引する.
  • 児頭の下降が顕著な場合は,助手が左手や外回りの医師が腟から児を押し上げると安全に娩出しやすい.また,挙上の際に児頭の損傷を防ぐため,バルーンを用いるという報告もある.
    • 骨盤位の場合,臀部を娩出させたら骨盤位牽出術と同様に肩甲,上肢を解出しBracht 法(図10)にて娩出させる.
    • 横位の場合,内回転させて骨盤位にして娩出させる.多胎の二児目以降など予想外に横位になった場合には触れた四肢が上肢であるか下肢であるか鑑別が困難な場合がある.そのような際の内回転では,術者の手で児の背中から臀部をとおり下肢をつかみ足位として娩出させるとよい.
  • 児の娩出後に臍帯を挟鉗切断して児を外回りの介助者に渡し,子宮底をマッサージして胎盤の剝離を促す.剝離徴候がない場合は,胎盤を用手的に剝離させる.
  • 娩出後はガーゼで子宮腔内を探り,卵膜遺残がないことを確認する.
  • 頸管が1指以上開大していることを確認し,開大していない場合はヘガール頸管拡張器で拡張しておくという意見もある.

(3)子宮筋層縫合

  • 児娩出後の子宮を腹腔外に出すと視野が良好で安全に縫合がしやすいが,子宮後面に癒着を認める場合などは腹腔内で縫合する必要がある.
  • 筋層縫合の方法は大きく連続縫合,単結節縫合の2種類に分けられるが,連続縫合を行う施設が多いと思われる.筆者らは0号のポリフィラメント合成吸収糸を用いている.
  • 連続縫合の利点はスピードが速く,止血効果も高い点が挙げられるが,組織のよじれによって切開創部の層どうしを完全に一致させることが困難という欠点が挙げられる.単結節縫合は逆に時間がかかるが創部の層どうしを合わせるという観点からは優れており,連続縫合よりも癒着胎盤の発症リスクが少ないとの報告もあるが,逆に連続縫合の方が単縫合と比べて術後の子宮筋層の非薄化が少ないという報告もある.
  • 一層縫合は二層縫合より出血量も少なく手術時間も短いとされているが,TOLAC(trial of labor after cesarean section)例などで子宮破裂の発症頻度が増加するという報告もある.
  • 縫合方法のそれぞれの特徴を表2に示す.いずれの方法でも,子宮内腔へ創面を露出させないことと,創面に脱落膜を巻き込まないことが大切である.

  • 近年,帝王切開術後の子宮筋層が菲薄化し,不妊症,異常子宮出血,異常帯下の原因となる帝王切開瘢痕症候群が増加している.次子希望のない症例では一層連続縫合が優れているが,次子希望のある症例では一層縫合より二層縫合が望ましく,特に子宮筋層菲薄化や子宮破裂の予防の観点からは,単結節-単結節の二層縫合が最も望ましいかもしれない.
  • 筆者らの施設では,児娩出後に鋸歯状鉗子で創部の左右両縁頭尾側を把持・止血しておき,胎盤を娩出する(図11-a).
  • 術後出血の原因となりやすい左右両縁は0号吸収糸による単結節縫合を2針ずつ施行し(図11-b),0号吸収糸で連続二層縫合を行う(図11-c).子宮は収縮して退縮するため縫合間隔は1㎝程度開ける.
  • 一層目で子宮内膜層と筋層3/4 を合わせ(図12-a),一層目の縫合を減張させるように,残りの筋層1/4 を二層目として合わせる(図12-b).
  • 子宮頸部側の筋層は体部側と比べて退縮し,図12-c のように厚みの差が生じていることも多いため,これを意識して頸部側を幅広く縫合する必要がある.
  • 膀胱子宮窩腹膜の縫合を行わなければ術後の腹腔内癒着は増加するとの報告がある一方で,丁寧に腹膜のみを縫合しなければ次回帝王切開時の膀胱の癒着・挙上の原因となり得る.筆者らは癒着防止剤(インターシードⓇやセプラフィルムⓇなど)を貼付し,膀胱子宮窩腹膜の縫合は行っていない.
  • 破水後長時間経過している症例や羊水混濁症例では,子宮内や腹腔内を生理食塩水で十分に洗浄する.
  • 術後再出血のリスクが高い常位胎盤早期剝離やHELLP 症候群,重症妊娠高血圧症候群では,術後血腫予防やインフォメーションドレーンとして腹腔内や筋膜下にドレーンを留置することが望ましい.また,子宮内感染症など術後膿瘍形成リスクが高いと考えられる症例でも腹腔内ドレーン留置を検討するとよい.