12.皮膚障害
・ がん薬物療法による皮膚障害は,痒みや痛みを伴い,夜間の睡眠を妨げることもあるなど,患者にとって不快なものであり,性差なく診療の対象となる.
・ 一般に女性は洗顔・化粧を通して皮膚の対処に馴染みがあり,患者は上手にスキンケアに取り組むことが多い.したがって,婦人科がんで生じる皮膚障害では,患者の視点で皮膚の変化を話題に上げ,患者とともに対策を講じることが重要である.
・ がん薬物療法では脱毛や色素沈着を伴い,露出部の皮膚に変化が現れることがある.この結果,がん薬物療法により外見に及ぼされる有害事象が,患者の治療選択に重大な影響を与える場合もある.近年,患者の外見変化を支援する取り組み(アピアランス支援)が注目されている
(1)がん薬物療法に対する皮膚障害
・ 皮膚障害は,がん薬物療法をはじめ放射線皮膚炎,抗がん薬の血管外漏出など,がん治療に伴う皮膚トラブル全般を指す.さらに,がん治療中には食欲低下・低栄養状態や日常生活動作(ADL:activities of daily living)の低下を伴いやすく,褥瘡を生じる場合もある.また,婦人科がんが進行すると,がん組織が外陰部などに現れ,自壊創を形成する場合もある.したがって,皮膚障害は幅広い概念であり,様々な治療やケアが内包される領域である(表20).
・ 婦人科の診療で皮膚障害が生じた場合には,皮膚・排泄ケア認定看護師や皮膚科医などへ連絡し,多職種で連携しながら対処するのがよい.より早い段階で皮膚科関連のスタッフへ相談すれば,患者・家族の負担もまた軽減され,この結果,より質の高い医療を提供することができる.
(2)皮膚障害の実際
・ がん薬物療法では,薬疹や抗がん薬の血管外漏出など,皮膚科医に支援を依頼することが少なからずある.
・ 支持医療の考え方は,Grade3 以上の有害事象をGrade2 以下へ軽減し,原病に対する治療を継続できるよう支援することである.したがって,皮膚障害の場合にも原病に対する治療を前提に,皮膚科医に対して支援を求めるとよい(図22).
・ がん薬物療法では各レジメンにkey drug がある.抗がん薬治療中に薬疹を生じ,皮膚科へ相談すると,「皮疹が消退するまでは被疑薬の再投与は控えるように」という返事を受けることもある.主治医と皮膚科医との考え方に隔たりがあり,このような時には戸惑った経験があるのではないかと思われる.もしkey drug の重要性を主治医とともに皮膚科医が理解していれば,「Key drug を投与しつつ,再投与に伴うリスクを軽減するために支持療法を行い,原病に対する治療を続ける.」といった選択肢も生じる.したがって,がん治療のチームに皮膚科医など多職種も(負担にならないよう)参加してもらい,日頃から情報共有を図ることであるが重要である.
(3)タキサン系薬剤に伴う爪障害
・ 爪囲は知覚が発達しているため1),爪囲や爪甲のトラブルは,小さなものでも痛みを伴い,患者の苦痛となりQOL が低下しやすい.
・ タキサン系抗がん薬は,爪障害を始めとする皮膚障害を伴うことがあり,パクリタキセルは爪障や脱毛を来しやすい薬剤である.また,近年では初回化学療法もしくは再発症例に対する治療薬としてバシズマブが考慮される2).ベバシズマブの皮膚障害には,皮膚の創傷治癒遅延が知られている.一方,がん薬物療法の標準治療にベバシズマブを併用すると,より高く治療効果が表れる反面,key drug の有害事象が表れやすくなる場合もある.したがって,TC 療法にベバシズマブを上乗せすると,爪障害の頻度や重症度が増す可能性があるため留意する必要がある.
・ パクリタキセルに伴う爪障害は,爪甲下出血,乳白色~黄白色に変化した混濁,爪甲の肥厚などを主症状とする.ベバシズマブを上乗せすることにより,なぜパクリタキセルによる爪障害が現れやすくなるのか,まだ分からないことが多い.しかし,血管新生阻害薬であるベバシズマブが血管内皮細胞へ何らかの作用を及ぼし,血流を介する薬物送達が修飾され,パクリタキセルの有害事象が表れやすくなると推察されている.この状態を放置すると,皮膚障害は爪に止まらず隣接する爪囲にも及び,ひょう疽(感染性の爪周囲炎)を合併することがある.この場合には,ゲンタマイシンなど外用抗菌薬は無効であり,ニューキノロン系内服薬により爪囲の炎症所見を改善し得ることが多い.
・ 一般に,爪甲と爪囲が過度に接すると,爪周囲炎を起こしやすくなる.したがって,接触を解除する目的で患趾(あるいは患指)をテーピングすると症状緩和に有用なことがある3).
・ 爪甲が肥厚すると,爪床から爪甲が剝がれることがある(図23).このような場合には,診察室に爪切りや外科用剪刀があれば爪甲を切除してもよいし,皮膚科医や皮膚・排泄ケア認定看護師に相談し,外傷を予防するのが好ましい.
(4)殺細胞性抗がん薬による手足症候群
・ ドキシルⓇを投与すると,患者は手足症候群や口内炎を高頻度に生じるため,ドキシル®︎は皮膚障害対策で留意すべき薬剤である.
・ 手足症候群は発赤・腫脹に始まり,その後著しい疼痛を伴い,歩行できなくなることがある重篤な皮膚障害の1 つである.このため,患者はADL が低下し,QOLが著しく損なわれ,闘病意欲も減退することがある.
・ 手足症候群が現れると発赤・腫脹に伴い,乾燥・亀裂を生じやすい.したがって,手掌・足底部にはドキソルビシン導入時から保湿薬を外用し,手足症候群に伴う亀裂・乾燥を予防することが望ましい.また,手足症候群が現れ,亀裂や疼痛を伴う場合には,創傷被覆材を貼付することにより症状を緩和できることがある4).創傷被覆材には様々な素材があり,目的や用途に応じて使い分けることができる.
・ 亀裂部には,湿潤環境を導入・維持することにより疼痛緩和を目指す.この目的には,数ある素材のうちポリウレタンフォーム/ ソフトシリコンが有用であり,ハイドロサイト®︎やメピレックス®︎などが市販されている.
・ 手足症候群に対して,副腎皮質ステロイド外用薬も一般的な治療薬として普及している.日常診療では,リンデロン®︎ -VG 軟膏(主成分:ベタメタゾン吉草酸エステル,ゲンタマイシン硫酸塩)を処方されていることが多い.しかし,殺細胞性抗がん薬に伴う手足症候群に対して,副腎皮質ステロイド外用薬の(予防的ではなく)治療的有用性は存在しない.したがって,もし手足症候群が(Grade3 以上へ)重症化した場合には,皮膚・排泄ケア認定看護師などへ相談し,局所処置を依頼するのが望ましい.また,原病に対する治療内容を再考し,抗がん薬の減量や休薬期間の延長を検討する必要がある.
(5)免疫チェックポイント阻害薬による皮膚障害(図24)
・ マイクロサテライト不安定性(MSI:microsatellite instability)を高頻度に示す癌(MSH-high 固形癌)の患者に対して免疫チェックポイント阻害薬(ICI:immunecheckpoint inhibitor)の1 つであるペンブロリズマブが投与される場合がある.ペンブロリズマブは,抗ヒトPD- 1 モノクローナル抗体の1 つであり,ICI に伴う免疫関連有害事象(irAE:immune-related adverse events)を生じることがある.
・ irAE には多様な皮膚疾患が報告されており,皮膚科医と連携して対処するのが肝要である.代表的なものとして,湿疹反応,白斑,脱毛,多形紅斑,尋常性乾癬,ループスを始めとする膠原病様の症状などがあり,自己免疫を背景とした病態が示唆される5).また,ICI 投与に際しては自己免疫性水疱症などが惹起されることもあり,皮膚科医とも連携して対処することが求められる.
・ 多形紅斑に関しては,中等症以下の多形紅斑型薬疹から最重症型(Grade4 以上)であるStevens-Johnson 症候群/ 中毒性表皮壊死症まで幅広く含まれる.このため,皮膚・粘膜症状の治療や経過は,皮膚科医だけではなく眼科医の判断も求められ,原病に対する治療には,薬剤の再投与について是非を検討する必要もある.したがって,重症度の高い多形紅斑に対処するためには,化学療法室を中心とした多職種で治療方針を立てることが重要である.
(6)アピアランスケア(「11.脱毛,アピアランス」の項 49 頁を参照)
・ アピアランスケアは,(美容ではないものの)整容を支援するため,ともすれば世間にあふれる不確かな情報に留意し,患者に対して適切な支援を提供することが求められる.
・ アピアランスケアに関して,エビデンスがあるかどうかを調査し,医療者を対象にまとめた手引きがある6).この手引きは50 題のCQ(clinical question)から成り,このうち6 つのCQ が「科学的根拠があり,行うように勧められる(推奨グレード:B)」である.この推奨文を表21 に示す.エビデンスがあり推奨されるのは,がん薬物療法や放射線療法に伴う皮膚障害対策であり,メイクなど整容に関するものではないことに留意する.
(7)保湿薬のポイント
・ 皮脂は,水・油(脂質)・タンパク質(と分解産物)・塩分・糖分などからなり,アミノ酸などの両親媒性物質のため水と油が乳化され,比較的均質な皮脂が形成される.
・ 保湿薬を勘案する際には,このような皮脂の構成成分や皮膚の状態,季節(温度や湿度)などを踏まえて選択する.
・ 夏の蒸し暑い時,皮膚は汗ばみ,表面には絶えず水分と塩分が存在する.この皮膚に馴染みやすい保湿薬は,ローションやスプレーである.スプレーやローションは水分が主体であり,発汗時にも比較的肌に馴染み使いやすい.しかし,発汗した肌にワセリンを塗ると水と油が共存し,皮膚はベトベトになり,不快になるので留意が必要である.
・ 冬の乾燥した肌にはワセリンなど油脂を主体とした軟膏が効果的である.ワセリンは水分の蒸発を防ぎ,軟膏の基剤であり,接触皮膚炎などの副作用もない.
・ 婦人科領域でもヘパリン類似物質を主とする保湿薬が広く用いられており,季節を問わず使いやすく,患者に好まれることが多い.副腎皮質ステロイド軟膏などを混合して処方する場合もある.ただし,ヘパリン類似物質を主とする保湿薬は,水と油を乳化したクリームが主体である.したがって,多くの場合乳化剤や界面活性剤,あるいはアルコールなどが含まれ,皮膚に刺激を与え,皮膚のバリアを傷めたり,接触皮膚炎を惹起したりする場合がある.そのため2 つの薬剤を混合せず,それぞれの目的にしたがって使用するのも1 つの方法である.最初に広く保湿薬を外用し,次に(痒みを伴う)湿疹・皮膚炎の部位に副腎皮質ステロイドを外用する.二剤が皮膚表面で混ざるにせよ,通常患者にトラブルはない.
・ 尿素含有軟膏(ウレパールⓇクリームやパスタロンⓇソフト軟膏など)は,尿素が保湿成分であるとともに,タンパク質を融解させる作用がある.したがって,尿素含有軟膏によって改善が期待されるのは,角質が増殖した踵部などであり,明らかな皮疹のない皮膚へ予防的に尿素含有軟膏を外用すると,尿素の蛋白溶解作用により正常な角質が溶解し,皮膚のバリア機能が失われる可能性がある.実際に,尿素含有軟膏の副作用により刺激感などを生じる場合もある.したがって,手掌・足底部を含めて正常皮膚に対して予防的に尿素含有クリームを外用することは,安全性から考えると差し控えた方がよい.消化器領域で使用するマルチキナーゼ阻害薬(ソラフェニブなど)で生じた手足症候群には,尿素含有軟膏の有用性が示されている7, 8).
(8)放射線皮膚炎(図25)
・放射線皮膚炎に対する外用薬は,乳腺や頭頸部の領域で報告されることが多い.
・ 乳癌で検討された放射線療法+外用薬による支持医療は,婦人科がんとは照射部位は異なるものの,骨盤照射に伴う皮膚障害対策でも有用な可能性がある.
・ 骨盤・乳房・頭頸部の悪性腫瘍について,ヒアルロン酸クリームが放射線療法に伴う皮膚炎に対して有用かどうかを検討した海外の報告がある9).この結果,実薬はプラセボに比べて放射線皮膚炎の発症を抑え,さらに回復を早めることが示された.したがって,一般に50Gy 程度の線量で生じる放射線皮膚炎では,保湿薬には予防と治療双方の効果が期待できると考えられる.
・ 一方,副腎皮質ステロイド外用薬には高いエビデンスはないものの,予防的に塗布することにより,やはり放射線皮膚炎の重症化を回避することが示唆されている10).ただし,副腎皮質ステロイド外用薬の使用期間は,放射線照射中および終了後短期間までであり,照射後も継続的に外用することは控えるべきである.
・ 従来,外用薬は皮膚線量増加の懸念があり,照射直前の塗布は控えるべきと考えられてきた.しかし,近年になり安全性が検討され,極端な厚塗りでなければ照射時に皮膚表面に残存する外用薬は許容されつつある11).今後,婦人科がんの放射線療法でも皮膚障害の知見が集積され,必要に応じて支持療法に取り組むことが期待される.
文献
1) 平川聡史,森ひろみ.四国がんセンター編.分子標的薬を中心とした皮膚障害 診断と治療の手引き.皮膚障
害の評価方法を教えてください.メディカルレビュー社,東京,2014,65-74.
2) 日本婦人科腫瘍学会編.卵巣がん治療ガイドライン2015 年版.CQ18 初回化学療法もしくは再発症例に対す
る治療薬として推奨される分子標的治療薬はあるか?.金原出版,東京,2015,105-108.
3)平川聡史.臨床で活かすがん患者のアピアランスケア.爪囲炎.南江堂,東京,2017,166-172.
4) 西澤綾.日本がんサポーティブケア学会編.がん薬物療法に伴う皮膚障害アトラス&マネジメント.手足症候群.
金原出版,東京,2018,90-94.
5) 山﨑直也ら.日本がんサポーティブケア学会編.がん薬物療法に伴う皮膚障害アトラス&マネジメント.免
疫チェックポイント阻害薬.金原出版,東京,2018,115-132.
6) 国立がん研究センター研究開発費 がん患者の外見支援に関するガイドラインの構築に向けた研究班編.がん
患者に対するアピアランスケアの手引き.金原出版,東京,2016,13-19.
7) Ren Z, Zhu K, Kang H, et al. Randomized controlled trial of the prophylactic effect of urea-based cream
on sorafenib-associated hand-foot skin reactions in patients with advanced hepatocellular carcinoma. J Clin
Oncol. 2015,33,894-900.
8) 小林美沙樹,小田中みのり,鈴木真也,他.ソラフェニブによる手足症候群に対する尿素配合軟膏の予防投
与の有効性.医療薬.2015,41,18-23.
9) Liguori V, Guillemin C, Pesce GF, et al. Double-blind, randomized clinical study comparing hyaluronic acid
cream to placebo in patients treated with radiotherapy. Radiother Oncol. 1997,42,155-161.
10) Meghrajani CF, Co HC, Ang-Tiu CM, Roa FC. Topical corticosteroid therapy for the prevention of acute
radiation dermatitis: a systematic review of randomized controlled trials. Expert Rev Clin Pharmacol. 2013,6,
641-649.
11) 奥村真之,全田貞幹.放射線治療に伴う皮膚・食道の有害事象に対する予防とケア.月刊薬事.2019,61,
1426-1432.
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