3.消化症状

(1)悪心・嘔吐

1 )がん患者が経験する悪心・嘔吐
・ 悪心・嘔吐はがん患者の約70%が経験する代表的な苦痛症状である.
・ がんの病状による代表的な原因は,悪性消化管閉塞,高カルシウム血症,中枢神経転移である.
・ 抗がん治療による代表的な原因は,化学療法,放射線治療,手術,オピオイド投与である.
2 )がんの病状による悪心・嘔吐の診断と治療法
①悪性消化管閉塞
・ 原因は腹膜播種が多い.
・ 身体所見に加え,腹部レントゲンやCT で診断する.
・ 悪心・嘔吐のみならず,腸管拡張による腹痛やbacterial translocation(腸管内に存在する細菌が腸管壁を通過して腸管以外の臓器へ移行する)を併発することもあるため,物理的な減圧の目的で一時的なイレウス管留置や薬物的な減圧(オクトレオチド,スコポラミン,ステロイドなど)を行う.
②高カルシウム血症
・ 進行がん,骨転移患者に発症しやすい.
・ 悪心・嘔吐がある場合には必ずカルシウムを測定し,アルブミンによる補正(血清カルシウム値+ 4 -血清アルブミン値)を行う.
・ まず脱水に対する輸液を行い,血清カルシウムを下げる.高値の場合には薬物療法(デノスマブ製剤,ゾレドロン酸,ビスフォスフォネート製剤など)を行うが,治療に伴う低カルシウム血症が起こることがあるため,定期的なモニタリングや必要時にはカルシウムの補充を行う.
③中枢神経転移
・ 小脳転移やがん性髄膜炎では悪心が出やすい.肺転移がある患者では特に症状の悪化に注意が必要である.
・ 悪心に加え,めまいなどの随伴症状や頭痛を併発している場合には,中枢神経転移を疑い頭部MRI またはCT を撮影する.脳圧や脳浮腫を軽減する目的で,浸透圧利尿薬やステロイドの薬物療法を行い,転移所見に応じた放射線照射や手術療法を行う.
3 )抗がん治療による悪心・嘔吐の治療法
①化学療法誘発性悪心・嘔吐
・ 婦人科がん化学療法のキードラッグであるプラチナ製剤は,治療側のリスク因子である.
・ 患者側のリスク因子は,女性,若年,妊娠悪阻の経験,アルコール低摂取などがあり,婦人科がん患者は男性がん患者よりもリスクが高い.
・ 婦人科がんで使用する主な抗がん薬の催吐性リスクと制吐療法ガイドラインの標準制吐療法を表4 に示す.

・ 婦人科で最も頻用されるプラチナ製剤であるカルボプラチンは中等度催吐性に分類される.シスプラチンよりも催吐性が軽いため,かつては NK- 1 受容体拮抗薬を含まない 2 剤併用療法が標準制吐療法とされていたが,中等度催吐性の中でもカルボプラチンの催吐性はシスプラチンと近いこと,特に女性患者ではカルボプラチンの制吐抑制効果がシスプラチンと同程度であることから,現在では中等度催吐性抗がん薬の中でカルボプラチンのみが NK- 1 受容体拮抗薬を含む 3 剤併用制吐療法が標準制吐療法となった.カルボプラチンレジメンは外来治療や短期入院で行われるため,患者が悪心・嘔吐に苦しんでいる姿を医療者が直接みることはほとんどないが,シスプラチンと同様に悪心・嘔吐を発症していることを医療者は認識する必要がある.
・ 3 剤併用制吐療法で予防しても,悪心なしで過ごせる婦人科がん患者は約 3 割であるため,より悪心を改善する必要がある場合には 4 剤目の制吐剤としてオランザピン5㎎を治療開始日から 4 日間,夕食後に投与することで悪心の程度を軽減することができる.ただし,オランザピンは糖尿病,既往歴のある患者には禁忌であり,眠気の副作用があるので高齢者への投与には注意が必要である.
②放射線治療誘発性悪心・嘔吐
・ 婦人科では子宮頸癌に対する全骨盤照射が代表的で,有害事象である宿酔による悪心が問題になることがある.
・ 骨盤に対する外照射は軽度催吐性レベルとされ,時に薬物療法が必要になることがある.メトクロプラミド,ジフェンヒドラミンなどを用いるが,無効例には5-HT3受容体拮抗薬を使用する.
③オピオイド誘発性悪心・嘔吐
・ 国内では予防的制吐剤の使用が推奨されているが,国際的には必ずしも推奨されていない.
・ 一般的にはプロクロルペラジンの予防的投与が推奨されているが,プラセボ対照ランダム化比較試験では予防的使用の有効性は示されなかった.しかしオピオイド投与による悪心が内服拒否につながることがあるため,悪心発症時の屯用としてプロクロルペラジン,メトクロプラミド,ハロペリドル,オランザピンなどを処方しておくことが必要である.各々の薬剤の優劣は明らかではないため,患者にとって有効な薬剤を使用する.
④手術誘発性悪心・嘔吐
・ 全身麻酔や硬膜外麻酔に使用されるオピオイド,腹腔内操作,上部消化管粘膜障害により誘発される.
・ 原因の特定は必ずしも容易ではないが,オピオイドによると考えられる場合にはオピオイドに対して使用する制吐剤を,腹腔内操作や上部消化管粘膜障害によると考えられる場合にはメトクロプラミド,H2 ブロッカー,プロトンポンプインヒビター,腸管蠕動促進薬などを使用する.

(2)下痢・便秘・腸閉塞

1 )下痢
・ サポーティブケア領域での下痢の原因の一部を表5 に示す1).多彩な原因を認めており,症状の対策では原因の鑑別が重要となる.①抗がん薬による下痢
・下痢は抗がん薬治療中の患者において,50~80%と高頻度に認められる.
・ イリノテカンやチロシンキナーゼ阻害薬の副作用として頻発することが知られており,近年では免疫チェックポイント阻害薬の副作用として重篤な大腸炎が報告され,抗がん治療を実施する上で重要な症状である.
・ 抗がん薬による下痢ではその重症度が問題となる.NCI-CTC(national cancer institutecommon toxicity criteria)Grade3 以上の下痢は補液を要する状態と定義され,脱水や電解質異常などが抗がん薬の用量規制因子になることもある.可能ならば薬剤の変更が望ましい.
・ また抗がん薬以外の薬剤性の下痢でも,可及的に原因薬剤の中止が望ましいが,同時に併用している薬剤(例えば他科から処方されている下剤,NSIADs,プロトンポンプ阻害薬,抗生剤など)にも注意を要する.
・ 一般的対策として,腸管運動抑制薬であるロペラミドやオピオイド,収斂薬(タンニン酸アルブミンなど)投与などが挙がる.
②骨盤内への放射線治療後遺症としての下痢
・ 骨盤内放射線療法では急性期に50%程度の患者が下痢を経験するとされている.
・ 一般に照射線量が 30Gy を超えると急性障害として腸管粘膜浮腫を伴う下痢を,照射 6 カ月以上経過後にも腸管粘膜虚血を伴う晩期障害としての難治性下痢を認めることがある.
2 )便秘・腸閉塞
①便秘
・ 便秘は,患者にとって不快な症状である以上に,腹部や肛門の疼痛,食欲低下,排泄に関する不安や外出の制限など,社会生活にも影響を与える症状だが,医師にとっては単に下剤投与の対象症状と認識される傾向がある2).また,腸閉塞との鑑別が重要な症状であり,Oncology Emergency としても注意を要する.
・サポーティブケア領域での便秘の原因の一部を 表6 に示す1).

・ 可能な限り原因の除去が基本となる.投与中の薬剤や併存疾患(糖尿病など)に注意を払うことも必須である.加えて原疾患の進行や抗がん治療の影響による経口摂取量の低下や脱水も,患者から便秘として訴えがあることが多く注意を要する.
・ 薬物治療としては,緩下剤・大腸刺激性下剤,最近では上皮機能変容薬投与などが挙がるが,薬物療法以外では,患者の食生活や運動習慣などの確認も重要である.
②腸閉塞
・ もともと,腹痛・腹部膨満・悪心・嘔吐・便秘・排ガスの停止などを伴う病態の総称であり,定義として便秘を内含している.婦人科がんでの腸閉塞有病率は,他のがん種よりも高いとされており注意を要する.
・ 麻痺性腸閉塞の治療が,基本的に腸管蠕動の促進を促すのに対して,機械的腸閉塞(悪性消化管閉塞とほぼ同義)は蠕動促進により,疼痛や嘔吐の増悪,進行した場合に腸管穿孔などの重篤な合併症を誘発する可能性があり鑑別が重要である.
・ 診断と対策の例をフローチャートに示す(図4).悪心・嘔吐を伴ったり,蠕動音の高度亢進や無音,腹部の圧痛や炎症所見を認めたりする便秘症は,基本的に機械的腸閉塞を疑い,鎮痛・絶飲食・十分な補液とともに画像検査を実施することが望ましい.また診断・治療に苦慮する場合や高度の腹痛・腹膜刺激症状の合併,保存的治療に反応しない便秘は消化器内科や外科へのコンサルテーションのタイミングととらえるべきである.

文献
1) 日本緩和医療学会編.下痢.木内大佑編.専門家を目指す人のための緩和医療学(改訂第2版).南江堂,東京,2019,124-131.
2) Hasson F, et al. ‘Take More Laxatives Was Their Answer to Everything’ : A Qualitative Exploration of the
Patient, Carer and Healthcare Professional Experience of Constipation in Specialist Palliative Care. [published
online ahead of print, 2019 Dec 23]. Palliat Med, 2019.