ポイント
発熱の原因を検索し,感染に関連すると判断した場合には抗菌薬の投与を行う.
発熱を含むバイタルサインの明らかな異常あるいは敗血症の疑いのあるqSOFA(quick sequential organ failure assessment)3項目のうち2項目以上を満たす場合は,高次施設への搬送を考慮する.
帝王切開後の発熱にはしばしば遭遇する.
手術侵襲に伴うサイトカイン放出によって生じる発熱や出血,浸出液の吸収に際して生じる発熱は生理的な発熱である.
しかし,術後48 時間経過後に発熱する場合や48 時間以内でも発熱に加えて随伴異常所見が認められる場合は病的な発熱である可能性が高く,原因検索,治療が必要となる.病的な発熱の場合,感染に関連した発熱が最も多い.一方,感染以外で発熱が惹起されることがあり,例えば内科疾患が潜在している場合がある.
(1)術後発熱の原因
1 )子宮内膜炎
脱落膜の感染である.頸管分泌物や腟分泌物が子宮腔内に入り,手術侵襲,宿主の保菌状態,免疫反応が複雑に絡み合い,発症すると考えられている.
帝王切開後の方が経腟分娩に比べて発症率は高い.なかでも陣痛発来後に緊急帝王切開された例での子宮内膜炎は,予定帝王切開例に比し,発症率は高い.細菌性腟症も子宮内膜炎の危険因子である.
抗菌薬の投与により軽快することが多いが,腹腔内に感染が波及し,筋膜炎,腹膜炎,膿瘍形成,敗血症に至ると重症化し発熱が持続する.
起因菌は嫌気性細菌の絡んだ混合感染であることが多い.ペニシリン系,セフェム系抗菌薬が効果を示さないMycoplasma hominis による膿瘍形成に注意する.発熱に加え,子宮圧痛,下腹部痛,悪露異常などを伴う.
治療は原因となり得る菌を広くカバーする抗菌薬を投与する(経験的投与).原因菌が判明したならば,デ・エスカレーション(原因菌に基づいて狭域スペクトラムの抗菌薬に変更する)を考慮する.Mycoplasma hominis に対してはクリンダマイシンが有効である.十分量の抗菌薬投与を行うべきだが,保険診療上,投与量に上限があるため,これに注意する.
2 )創部感染
SSI (surgical site infection)とも言われる.
子宮内膜炎と同様に分娩進行中の緊急帝王切開で発症リスクが高い.分娩第Ⅱ期における緊急帝王切開の方が第Ⅰ期よりこのリスクが上昇する.皮膚・皮下組織のSSI,筋膜・筋層のSSI,腹腔内のSSI が存在し,局所炎症所見を伴う.子宮内膜炎と鑑別困難な場合がある.
治療については抗菌薬投与が主体となる.ドレナージ可能部位が存在すれば,これを施行することを検討する.
3 )腎盂腎炎
妊娠中にも起こしやすい感染症であるが,産褥熱の原因となることもある.
発熱,排尿痛に加え,肋骨脊柱角(CVA:costovertebral angle)に圧痛を認める.抗菌薬を投与する前に導尿し,尿培養検査を実施するのが望ましい.
原因菌は大腸菌や外尿道口近傍の常在菌であることが多い.尿培養が治療の参考になるが,結果判明までに時間を要するため,重症の場合,セフォチアム1回 1~2g,1日 3~4回の経験的抗菌薬投与を行う.
4 )感染性心内膜炎
弁膜,心内膜,大血管内に細菌集族を含む疣腫(ゆうしゅ)を形成した結果,発熱をはじめ,多彩な臨床症状を示す.敗血症の状態であり,遅滞なく治療しなければ,母体死亡に至る可能性がある.ローリスク妊婦に発生することは稀で,川崎病またはリウマチ熱の既往,未修復の先天性心疾患合併妊婦に発生しやすい.心雑音を伴うことが多く,疑った場合は複数回の血液培養および心エコー検査が必須となる.
原因菌としてレンサ球菌によるものが多い.例えば,ペニシリンG 感受性レンサ球菌によるものと診断された場合はセフトリアキソン2g 1回を4週間投与する.
診断された場合は抗菌薬の長期間投与が必要となる.一次診療施設の場合,疑った場合はすぐに高次医療機関への搬送を検討する.
5 )乳腺炎
帝王切開直後の乳房は緊満しにくく,産褥早期から乳腺炎が原因で発熱することは稀であるが,鑑別疾患として考慮すべきである.基本的に局所炎症所見を伴う.
6 )その他の感染症
7 )薬剤熱
特定の薬剤を使用した際に起こる発熱である.白血球は増加し,炎症反応も上昇することが多く,感染症との鑑別が困難な場合がある.
原因薬剤はペニシリン系抗菌薬,セフェム系抗菌薬,ミノサイクリン,ヘパリンなどで発生し,抗菌薬で薬剤熱の1/3 を占めるとの報告がある.
可能性のある薬剤を中止した後に解熱した場合,薬剤熱を考える.
8 )静脈血栓塞栓症
帝王切開は静脈血栓塞栓症の危険因子であり,発熱を伴うことがある.
下肢静脈血栓であれば患側の下肢に腫脹疼痛がみられ,肺塞栓であれば右心不全や呼吸不全の徴候がみられる.帝王切開後は肺塞栓症例が多く,これらを疑った場合は高次医療機関への搬送が望ましい.
9 )自己免疫疾患
妊娠,出産に伴って全身性エリテマトーデスをはじめとした自己免疫疾患の疾患活動性が増悪し,発熱が持続することがある.これらの疾患が分娩前後に初めて発症することもある.身体所見はもとより,血液検査,尿検査を診断の参考にする.
治療はステロイド,免疫抑制薬,生物製剤などが考慮される.通常,これらは内科医によって行われるため,高次医療機関への紹介が望ましい.
(2)高次施設への紹介,搬送を考えるタイミング
発熱を含むバイタルサインの明らかな異常は搬送を考慮
意識障害,血圧低下,頻脈(120 回/ 分以上),徐脈(45 回/ 分未満),頻呼吸(30回/ 分以上),徐呼吸(10 回/ 分未満),酸素飽和度95%未満,輸液にかかわらず乏尿持続(35mL / 時間未満)の際には搬送を考慮すべきである.
発熱だけでも40 度前後の著明な発熱の場合は注意すべきである.
qSOFA 3項目のうち2項目以上を満たす場合は敗血症の疑いが強いと考え,搬送を考慮
qSOFA は敗血症を疑うための簡易マーカーとして認知されている.
① 呼吸数> 22/ 分,②意識変容,③収縮期血圧< 100㎜ Hg の3項目のうち2項目以上を満たす場合は敗血症の疑いが強いと考える
バイタルサインの中で呼吸数は軽視されがちだが,qSOFA でも採用されているように有用な指標なので計測が勧められる.