(1)男性のプレコンセプションケアについて
(1)男性のプレコンセプションケアについて
ポイント
- 男性の健康状態や生活習慣が,妊娠中母体合併症や次世代に影響する機序を理解しよう.
- 最新のエビデンスを把握し,身近な人の質問や相談に応えることから男性のプレコンセプションケアを行おう.
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1)諸言
男性のプレコンセプションケアは一般にまだ馴染みが薄く,医療従事者であってもピンとくる人は少ないだろう.これは1つに精子は常に新しく産生され過去の影響が「リセット」されるという誤解から来るものである.しかし実際には,父親の健康状態や生活習慣は妊娠率・流産率のみならず,子の将来の肥満・糖尿病など生活習慣病や自閉症のリスクにも影響を及ぼすことが明らかになっている.近年の研究で,精子のDNAメチル化やヒストン修飾,マイクロRNAなどのエピジェネティックな変化が次世代へ伝達し得ることが示され,男性のプレコンセプションケアの重要性が再認識されつつある.本稿では,男性のプレコンセプションケアが重要である理論的背景,実際のエビデンスおよび男性のプレコンセプションケアの実践について概説する.
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2)男性の健康状態・生活習慣が次世代に伝わる機序
前述のとおり,一部の環境因子や,肥満・喫煙を通して増加する活性酸素は①~③へのエピジェネティックな影響を通して次世代に影響を及ぼすことが分かっている1).
- ①ヒストン保持領域:ヒストンは精子になる際85%以上がプロタミンというタンパク質に置き換わり,DNAが非常に高度な圧縮形態をとるようになる.一方1~15%はヒストンのまま残っており,この部分が初期胚での発生遺伝子オンセットを迅速化する「目印」として機能している.
- ②一部のメチル化領域:インプリンティング領域,リボソームDNAのCpG反復配列などがメチル化のリセットを免れ,精子の環境因子由来DNAメチル化変化が次世代に伝わることが分かっている.
- ③マイクロRNA:情報をコードしていない短いRNAであり,受精後の胚における遺伝子発現を制御する.精巣上体を精子が通る際にマイクロRNAが精子に付加される.
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3)実際のエビデンス
図21に国立成育医療研究センター作成のプレコンセプションケアチェックシート男性用を示す.チェックシートに含まれる事項は男性自身の背景情報や健康が妊娠・出産,次世代に影響することが先行研究から示されている.本シートに基づき,具体的な影響について先行文献をまとめたものが表13である2).個々の結果ももちろん重要であるが,注目したいのは父親の健康状態が妊娠中の母体合併症(早産・妊娠高血圧など)・次世代への影響など広く周産期アウトカムに影響する点である.
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4)男性のプレコンセプションケアの実践と今後の展望
男性のプレコンセプションケアの実践には2つの課題がある.1つ目は男性に対して男性のプレコンセプションケアの情報提供を行うタッチポイントが少なく,知名度が低いことである.先行研究によれば,予定外の妊娠であった父親と比較し,計画的に妊娠を目指した父親で男性のプレコンセプションケアの知識を積極的に得る傾向を認めた3).この結果は男性に家族計画を考えてもらう際同時に情報提供することが有効であると示唆する.関連した取り組みとして国立成育医療研究センター,千葉大学をはじめとして複数の医療施設でパートナーを含めたプレコンセプションケア外来が実施されているが,今後男性のプレコンセプションケアを推進するには,企業や行政を巻き込み,男性全体へいかにアプローチするかが重要だろう.2つ目の課題は,次世代の健康を改善するための介入を示す研究が出ていないことである.エネルギー量を抑えた食事4)や,ビタミンC,E,CoQ10,α-トコフェロール5),葉酸と抗酸化物質の3カ月間継続摂取6),3カ月間の運動プログラム7)などの介入で精液所見の改善を認めたなどの報告があるものの,次世代への影響をアウトカムとした研究はない.こう聞くと誰にどのような情報提供をすればいいのか,と読者は思われることだろう.しかし難しく考えることはない.先行研究によれば,現時点でのエビデンスを情報提供するだけでも,男性が喫煙・飲酒を抑え,健康的な食生活への取り組むようになったと報告されている3).身近な人や,外来でパートナーのことを相談された時に情報提供をすることで男性のプレコンセプションケアの一歩を是非踏み出していただきたい.
参考文献
- 1)Kasman AM, et al. Association of preconception paternal health on perinatal outcomes: analysis of U.S. claims data. Fertil Steril. 113(5): 947-954, 2020. Erratum in: Fertil Steril. 115(3): 809, 2021
- 2)荒田尚子,前田裕斗,他.プレコンセプションケア「男性による妊娠前生活習慣の次世代への影響」.メジカルビュー社.364-365,2024
- 3)Shawe J, et al. Preparation for fatherhood: A survey of men’s preconception health knowledge and behaviour in England. PLoS One. 14(3): e0213897, 2019
- 4)Rato L, et al. High-energy diets: a threat for male fertility?. Obes Rev. 15(12): 996-1007, 2014
- 5)Ahmadi S, et al. Antioxidant supplements and semen parameters: An evidence based review. Int J Reprod Biomed. 14(12): 729-736, 2016
- 6)Tunc O, et al. Oxidative DNA damage impairs global sperm DNA methylation in infertile men. J Assist Reprod Genet. 26(9-10): 537-544, 2009
- 7)Denham J, et al. Genome-wide sperm DNA methylation changes after 3 months of exercise training in humans. Epigenomics. 7(5): 717-731, 2015