(1)わが国における SRHR の諸問題~リプロダクティブ・ライツについて~
(1)わが国における SRHR の諸問題~リプロダクティブ・ライツについて~
ポイント
- 「リプロダクティブ・ライツ」とは自分の体は自分のものとして自己決定権が尊重される権利のことである.
- 日本のリプロダクティブ・ライツは脆弱なままである.
- その原因として,包括的性教育が社会にまだ浸透していないことが挙げられる.
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1)SRHRとは
- SRHR(Sexual Reproductive Health and Rights)を訳すと「性と生殖に関する健康と権利」となる.SRHRは,セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス(SRH)とセクシュアル・リプロダクティブ・ライツ(SRR)に分けられる.
- SRHは,妊娠,出産に関する女性の自己決定へのサポートや安全な医療の提供にとどまらず,性感染症,月経のコントロール,貧血,女性のがん,などすべての年代をカバーし,女性の健康を通じて男性の健康や家族の幸せにつながる大きな概念である.
- SRRは,すべてのカップルと個人が性と生殖に関して自己決定でき,そのために必要な情報や手段などを得ることができる権利である.SRHRの概念として,自分の体は自分のものとしてプライバシーや自己決定権が尊重されなければならない.自分のセクシュアリティに関して,性的指向や性自認,その表現も含めて自由に決められる.
- 性交渉を開始するかどうか,いつするか決めることができる.性交渉の相手を選べる.安全で喜びのある性経験をもつことができる.どこでいつ誰と結婚するか決めることができる.子どもをもつかもたないか,いつもつか,なぜもつか,何人もつかを決めることができる.これらすべての権利を得るために必要な情報,資源,サービス,支援を生涯にわたって得ることができなければならない.
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2)わが国のSRHRの現状
- 人工妊娠中絶は7回の妊娠に1回の割合で行われている.そのうち10代での人工妊娠中絶は6割を占める.
- DV(Domestic violence)は女性10人に1人,男性20人に1人の割合で発生している. ・性交渉歴のある女子高生のクラミジア感染は7人に1人の割合である. ・HPVワクチンの現状は,2022年4月から公費負担による積極的接種勧奨やキャッチアップ接種が開始されたが,わが国は先進国の中で子宮頸がんが増加しているという特異的な国になっている.
- 子どもの虐待死は,8日に1人発生している.1年で54人という報告があり,うち7人が日齢0日での虐待死であった.これは中絶へのアクセスの不備とともに産後ケアの問題点が浮き彫りとなっている.
- 要保護児童は41,773人おり,里親委託は6,080人にとどまり里親委託率は14.6%という社会的養護の問題もある.
- これらを一括して解決するためには,包括的性教育が最も効果的であるが,わが国の性教育は未熟なままである.包括的性教育は,人間関係,ジェンダー平等を幼少時から人権教育として幅広く体系的に学ぶ性教育である.
- ユネスコから発行されている『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』が科学的根拠に基づいたアプローチとして全世界的に普及しているもののわが国では採用されていない1).
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3)わが国のSRHRの諸問題(リプロダクティブ・ライツを中心に)
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①母体保護法
母体保護法におけるSRHR上の最大の課題は配偶者の同意が必要とされていることである.2021年3月の厚生労働省見解で,夫のDV被害を受けているなど,婚姻関係が実質破綻している場合は,配偶者同意は不必要とされたが,本人の意思をより尊重する方向での改正が望まれている.配偶者同意をめぐっては,既婚女性における第三者からの性暴力および不倫による妊娠中絶といった課題も存在する.民法では不倫は男女とも不法行為として扱われる.しかし母体保護法では,配偶者同意のために不倫の事実を夫に告げ,不法行為の罰として財産や生活を失うリスクを女性だけが背負う.不倫しても自身が妊娠しない男性とは明らかに平等でない.このような議論がまだ深まっていないことが実情である.
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②性教育の現状(包括的性教育)
従来,わが国の性教育は予期せぬ妊娠や性感染症の予防を中心に行われていたが,ユネスコの国際セクシュアリティ教育ガイダンスに示されているように,人権や自己決定,多様な性など包括的な内容が求められている.
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③産後ケアの問題点
お産のあと,すべての女性が万全な状態で育児がスタートできるわけではない.産 後うつ病になりやすくワンオペ育児は極めて厳しい.産後健診や産後ケア,男性の育 休などがあるものの,まだまだ十分な制度とは言いがたい.
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④安全な中絶
安全な中絶は個人の人権が尊重され,安全性だけでなく,女性へのケアが確保された上で実施されることが推奨されている.中絶に関する正確な情報が提供され,アクセスできることが重要である.WHOが推奨する経口中絶薬は2023年4月に承認されたが,その運用についてはまだ議論の余地が残っている.
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⑤旧優生保護法の問題
旧優生保護法は,昭和23(1948)年に議員立法により成立,施行され平成8(1996)年まで特定の疾病や障害を有することなどを理由に「本人の同意なしの優生手術(いわゆる強制不妊手術)」が行われていた.強制不妊手術を受けられた方を対象として,一時金の支給等に関する法律が議員立法により平成31(2019)年4月24日に成立し,一時金の支給が行われている.
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⑥性暴力
女性の約15人に1人が無理やり性交された経験をもつ.うち9割は顔見知りからである.性交同意年齢は13歳から16歳に引き上げられたが,16歳までに「性的同意」に必要な性教育は行われていない.暴行脅迫があったことを証明できなければ加害者を処罰できない.
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⑦避妊法の諸問題
わが国では,避妊法として不確実なコンドームが主体となっており,女性が主体的に選択できる低用量ピルや子宮内避妊などの医学的避妊法の情報や種類が少ない.アフターピル(緊急避妊薬)へのアクセス性も課題である.多くの先進国で経口避妊薬や女性避妊手術などの避妊法が多く選択される中,日本では避妊を行わない割合が53.5%と半数以上を占め,コンドームまたは腟外射精が39.4%など男性の意思決定や行動の影響を受ける状況にある女性が96%に上ることが示されている.配偶者やパートナーからの性暴力による妊娠の中絶数は,報告されている以上に存在する可能性がある.
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⑧不妊症
不妊症は5組に1組ともいわれ,日本で生まれる9人に1人は生殖補助医療による子どもである.2022年4月より体外受精胚移植による不妊治療が健康保険の適用となり,より若い世代で治療へアクセスできる可能性は増えた.しかし,生殖に関する啓発や教育,仕事と治療の両立,生殖補助医療関連の法制度など課題は多い.
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参考サイト
- 1)UNESCO. International technical guidance on sexuality education: an evidence-informed approach. DOI: https://doi.org/10.54675/UQRM6395