(1)労働環境に関する支援

(1)労働環境に関する支援

ポイント

  • 支援対象者がどのような職場で働いているのかに目を向け,労働環境などについて適切な助言を行うことが重要である.
  • 産婦人科医がリエゾンとなり,職場支援のスキームにつなげることは有用である. ・女性だけでなく,パートナーの働き方も含めた支援を心がける.
  • 1)プレコンセプションケアにおける労働環境支援の重要性

        プレコンセプションケアを考える上で,「働く環境が心身の健康に大きく影響する」という視点は極めて重要である.例えば,交代制勤務のような不規則な勤務は,女性の月経不順や不妊症,さらには流産や早産のリスクを高めることが報告されている1-3).また,長時間労働や強い仕事の負荷は,男女を問わず抑うつ・不安・不眠といった精神症状と関連し4),妊婦においては妊娠高血圧症候群や早産のリスクが高まるとされている3,5).さらに,非正規雇用であることは,経済的・社会的な不安定さから健康診断や不妊治療へのアクセスが制限され,通院や休暇取得の困難さを招くほか,早産や低出生体重児分娩,不妊治療の中断や離職につながるリスクが高まることが示されている6-8).加えて,職場における休暇制度の整備状況や,上司・同僚の理解の有無も,妊娠計画,出産,そして育児と仕事の両立に関する意思決定に影響する9-11)(表14)
        2024年の統計によれば,25~34歳の就業率は男性91.5%,女性83.5%と高い水準にあるが,雇用形態には依然として男女差がある.同年代の非正規雇用の割合は男性13.9%,女性30.0%であり12),この違いは,賃金やキャリア形成の格差のみならず,カップルの妊娠・出産の選択やタイミングにも影響を与えている.例えば,女性は妊娠・出産を機にキャリアの中断を余儀なくされることが少なくなく,男性は長時間労働や職場文化の影響により,育児への積極的な参画が難しい場合が多い.
        こうした社会的・構造的背景は,妊娠・出産に関する意思決定に少なからず影響しており,プレコンセプションケアの実践においても,働き方や職場環境を踏まえた支援の重要性が増している.

  • 2)労働環境について聞き取る際のポイント・支援フロー

    プレコンセプションケアを行う際には,体調や生活習慣のみならず,労働環境にも目を向けることが重要である.例えば,交代制勤務,長時間労働,職場でのストレス,有害物質への暴露,上司の理解の有無といった要素は,妊孕性や妊娠の継続,職場復帰にまで影響を及ぼす可能性がある.表15に,労働環境に関する聞き取りのポイントと質問例を示したので,参考にしていただきたい.

    労働環境が女性の身体的・心理的・社会的健康に与える影響
    労働環境について確認する際のポイントと質問例

        得られた情報をもとに,臨床医はプレコンセプションケアの観点から,働き方や職場環境について適切な情報提供や助言を行う.必要に応じて,本人に職場への相談を促す場面もあるため,企業における健康管理体制について,基本的な知識をもっておくことが望ましい.以下にその概要を述べる.
        労働安全衛生法では,労働者の健康確保のために,事業者(会社)に対し健康診断の実施を義務づけている.また,医師の意見に基づき,必要があると判断された場合には,就業場所の変更,労働時間の短縮などの措置を講じることも求められる.あわせて,日常生活面における指導や医療機関の受診勧奨などの対応にも努めることとされている.健康診断については「常時使用する労働者(一定の条件あり)」が実施義務の対象である.したがって,契約期間が短い非正規労働者や,フリーランスなどの個人事業主は法的な対象から外れ,健康診断を受ける機会が乏しく,プレコンセプションケアの視点から見ても支援が行き届きにくい.また,常時50人以上の労働者を使用する事業場には,産業医の選任が義務付けられている.一方で,保健師については法的な選任義務はなく,努力義務にとどまる.このため,小規模な職場では産業医や保健師が不在であることが多い.
        以上を踏まえると,まずは本人が信頼できる上司や人事担当者に相談し,職場に産業医や保健師がいる場合には,必要に応じて相談するよう促すことが望ましい.特に,基礎疾患や不妊治療などで医療的な管理が必要な場合には,「治療と仕事の両立支援カード」などの書類を通じて職場との円滑な連携を図るとよい.一方で,疾患がない段階での予防的な配慮については,制度上の支援が受けにくく,過度な配慮がかえって労働機会の制限や職場での人間関係の悪化といった不利益を招くこともある.本人の意思を尊重しつつ,適切な介入の程度を見極めながら支援することが重要である(図22)

  • 3)さいごに

        プレコンセプションケアにおける臨床医の役割は,単なる医学的管理にとどまらず,就労状況や職場環境について関心を持ち,ハザードとなり得る要因を把握した上で,適切な情報提供や助言を通じて,本人の自律的な判断や行動変容を支援することである.産婦人科医がその橋渡し役となり,必要に応じて職場の支援につなげることができれば,プレコンセプションケアの実効性は大きく高まる.今後,こうした視点を取り入れた診療実践が広がっていくことを期待したい.

    労働環境の支援に関するフロー

参考文献

  • 1)Mayama M, et al. Frequency of night shift and menstrual cycle characteristics in Japanese nurses working under two or three rotating shifts. J Occup Health. 62: e12180, 2020
  • 2)Stocker LJ, et al. Influence of shift work on early reproductive outcomes: a systematic review and meta analysis. Obstet Gynecol. 124: 99-110, 2014
  • 3)Adane HA, et al. Maternal Occupational Risk Factors and Preterm Birth: A Systematic Review and Meta Analysis. Public Health Rev. 44: 1606085, 2023
  • 4)Bannai A, Tamakoshi A. The association between long working hours and health: a systematic review of epidemiological evidence. Scand J Work Environ Health. 40: 5-18, 2014
  • 5)Mozurkewich EL, et al. Working conditions and adverse pregnancy outcome: a meta-analysis. Obstet Gynecol. 95: 623-635, 2000
  • 6)Sato Y, et al. [Current status of annual health check-ups for part-time employees in Japan]. Sangyo Eiseigaku Zasshi. 63: 310-318, 2021
  • 7)Imai Y, et al. Risk factors for resignation from work after starting infertility treatment among Japanese women: Japan-Female Employment and Mental health in Assisted reproductive technology (J-FEMA) study. Occup Environ Med. 78: 426-432, 2020
  • 8)Okui T, Nakashima N. Exploring the association between non-regular employment and adverse birth outcomes: an analysis of national data in Japan. Ann Occup Environ Med. 36: e6, 2024
  • 9)厚生労働省.女性労働者の母性健康管理等について(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/seisaku05/index.html)(アクセス日:2025年5月29日)
  • 10)Waldfogel J, et al. Family leave policies and women’s retention after childbirth: Evidence from the United States, Britain, and Japan. J Popul Econ. 12: 523-545, 1999
  • 11)日本労働組合総連合会.マタニティ・ハラスメントに関する意識調査 (https://www.jtuc-rengo.or.jp/info/chousa/data/20130522.pdf)(アクセス日:2025年5月29日)
  • 12)総務省統計局.労働力調査(基本集計)2024年(令和6年)平均結果の概要 (https://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/nen/ft/pdf/gaiyou.pdf)(アクセス日:2025年5月29日)
  • 13)厚生労働省.事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン(令和6年3月) (https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001179451.pdf)(アクセス日:2025年5月29日)